芒種

道の駅の店長は、あの男の事が、気になっていた。

毎日、この道の駅まで来ていた、県外ナンバーの男の事だ。

土曜、日曜日と祭日以外は、毎日来ていた。

いつも同じ場所へ、乗用車を停めていた。


町中より峠は、少し肌寒い。

自宅から店舗へ出る時は、半袖のTシャツだが、ジャンパーを持って来ている。

道の駅の前を通っている国道に、桜がある。

もう花は散ってしまったが、葉は生い茂っている。

躑躅の花は、枯れた花に混じって、まだ僅かに残っているが、見栄えは良くない。


どうにも、この時期は、来店客が少ない。

来店客をどうにかして、増やしたいと思っている。

正面出入口のベンチを設置していたが、もう二台増設した。

効果は無かった。


知り合いに、素人だが、ギターの好きな奴がいる。

そのベンチを場所として提供するから、休みの日に、ギター演奏をしてはどうかと持ち掛けた。

演奏料を要求されたが、成功すれば報酬を出すことで納得した。

しかし、まるで効果は無かった。


店長は、上手いと思っていた。

だが、素人は、やはり素人だった。

寧ろ、来店客は、ギター演奏をしているベンチ付近を避けている。


どうやら、いや、間違いなく失敗だ。

こちらが、場所代を請求したいくらいだ。


あの男も、そのベンチを避けて、駐車場脇を通って喫煙所へ向かっていた。

何度か、トイレへ行き、喫煙所で煙草を喫って、また車へ戻る。

これを繰り返すだけだ。

そして、いつも通り、午後五時に県外の方向へ帰って行く。


最初は、リストラされたのかもしれないと思っていた。

ところが、今週の水曜日から来ていない。

就職先が、決まったのかもしれない。


しかし、毎日、ここへ来ていた。

ハローワークへ行って、就職活動もしていない。

就職先が、見つかる訳がない。

それに、失業手当も受給していないのではないだろうか。


勿論、縁故を辿って、就職先が見つかった、という事もある。

それにしても、毎日、道の駅へ来ていて、面接にも、行くことは出来ないだろう。


「店長。自販機に商品が、詰まって出て来ないそうです。けど」

アルバイト店員が、外まで伝えに来たのだ。

暫く、トイレの前から、七番目の駐車枠の前に立っていた。

なかなか、店舗へ戻らない店長を呼びに来たのだ。


「ああ。そうか、すぐ行くわ」店長は、苦笑いして云った。

いつの間にか、あの男が、一緒に働いている仲間のように感じていた。


店長は、もう一度、七番目の駐車枠を見て、ぼんやり、立ちすくんでいた。

「店長!」アルバイト店員が、大声で呼んだ。

店舗の正面出入口から、こちらを見ている。


「おお。わるい。わるい」店長は、片手を店員に上げて云った。

店舗に向かって走った。

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