1.焼跡
朝七時半、駐車場へ向かった。
車に乗ろうとして、気付いた。
フロントガラスに、沢山の小さな黒い物が付着している。
車の前に回って確かめると、ボンネットにも、点々と付着している。
良く見ると、灰のようだ。
そう云えば、焦げ臭い匂いが漂っている。
辺りを見回すと、駐車場に面したアパートの一室で、窓ガラスが割れている。
窓枠とその外壁が、黒く焦げている。
火事があったのか。
ボンネットの灰をタオルで拭い、ワイパーを作動して、ウォッシャー液で、フロントガラスに付着した灰を流した。
朝礼を終えると、すぐ、吉本部長に喫煙所へ誘われた。
「多田が死んだん、知っとるか?」
吉本部長が云った。
「いえ。いつですか?」秋山は、知らない。
「先週や」
吉本部長も知らなかったのだ。
知っていたら、すぐに、秋山に知らせていた筈だ。
それは、困ったことになる。
浅水病院を利用した不正事件の処理だ。
中村MSが担当していた。
浅水病院の野上事務長からクレームが入っていた。
苦情内容は、中村MSの架空売上だった。
秋山は、架空売上の調査をしていた。
製薬会社のハヤブサが企画する、拡売報奨金目当ての架空売上で間違いない。
架空売上を調査するまでもなく、中村MSが、全部の架空売上の納品伝票を所持していた。
請求明細と照合するだけで、金額は確定できた。
当然だが、納品していないのだから、商品も中村MSの手元に残っている。
商品は、中村MSの自宅に保管されていた。
薬品だから、どのような管理をされていたのか不明な商品は、得意先へ納入できない。
メーカーへ返品する。
メーカーで、納入価で入帳される商品もあれば、ゼロ円で入帳される商品もある。
ずっと遡って調べてみると、前任者の多田も架空売上をしていた疑いがあった。
中村MSは、まだ新人だし、誰かが、入れ知恵か暗示でもしないと、架空売上なんて、思い浮かばないだろう。
そして、この不正は根深い。
多田の使用していた領収証綴を全部、書庫から引っ張り出して確認した。
三年前の一冊に、妙な書き損じを見付けた。
領収証綴は、領収証控、入金伝票と領収証の三枚一組で連番の振られたものが、五十組で一冊になっている。
書き損じた場合は、領収証控の同一連番に入金伝票、領収証の順に貼付し、領収証控にバツ印を書くことになっている。
複写になっているので、そのまま、バツ印を書けば、入金伝票にも、領収証にもバツ印が記される。
つまり、三枚とも同じ記載になっている筈だ。
その書き損じは、得意先名や日付は三枚とも同じだ。
ところが、領収証控と領収証の金額が同じで、入金伝票の金額だけが、二十万円程度少なく記載されている。
どこで手に入れたのか、金額欄も若干色は濃いのだが、カーボンで複写したようになっている。
意図的に、金額を改ざんしているようだ。
多田が担当していた期間の、浅水病院の請求書と納品受領書を会議室へ運び込んだ。
同じく、多田が使用していた領収証綴も全部、会議室へ運び込んでいた。
まず、多田が行っていた架空売上の状況を把握した。
一通り調査をしたが、ハヤブサが企画した拡売コンクールだけだった。
現在までの調査状況は、吉本部長に報告している。
領収証綴の確認をしている最中だった。
「アッきゃん。新聞、読んどらんのか」
吉本部長が、情けなさそうに云った。
「はい。それで、何で亡くなったんですか」
新聞は取っていない。
「旭寺山。知っとるか?」
吉本部長も、地名は聞いた事があるだろう。
「ええっ?」つい先日、林から聞いた場所だ。
「あの、送電線の鉄塔の近くや。変死体が発見された。それが多田やったんや。今、警察が捜査しとる」
吉本部長も、はっきりとした場所は、知らないだろう。
秋山は、地方のニュースを見ていなかった。
それにしても、かなり困った事になった。
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