2.不正

「何で調べるんや。白状しとるんやろ」

秋山弘が本社経理部資料課に配属になって三年になる。

毎日の決まった業務は無い。

秋山は、振込入金作業の効率化を計画し、今期中の導入と運用を目指している。


それとは別に、経営企画部企画課から緊急の調査依頼があった。

MS。つまりマーケティング・スペシャリスト。平たく云うと営業担当者だ。

そのMSが一軒の得意先で空売りをしていたという事だ。

中村和俊といって入社二年目の新人だ。

中村MSに百々津営業所の三井所長が聴取すると、空売りの事実を認めたそうだ。

空売りした取引先は、浅水病院という。月額で四十万円程度を納品している取引規模の得意先だ。


ある日、浅水病院の野上事務長からクレームが入った。

四ヶ月前から請求書に納品されていない商品の明細が記載されているという事だった。

何度も訂正処理を要求したが未処理のままだ。

「野上事務長も、まだ来て半年くらいやし、事務長が言うてるんと中村が言うてる数量に違いがあるんや」

経営企画課の横田課長が云った。

「そういう事か」秋山は納得した。

野上事務長の言い分にも疑問があるという事だろう。


中村MSは、昨年の九月に営業二課に配属になり、四ヶ月間、二課課員の補助をしていた。

今年の一月から得意先を担当することになった。

前任の多田修二が一月末日で退職することになっていた。

多田修二は秋山と同期で、入社後六ヶ月で、営業二課へ配属になった。

真面目で、人付き合いも良く、営業成績も良かった。

同期は男女合わせて十四人いた。

一月の半ばに送別会をしたばかりだ。

送別会には、結婚して退職した女性二人を除いて十二人全員集まった。

退職して何をするのか話題になったが、多田は何も云わなかった。

中村MSは、その後を引継ぐことになった。

一月末まで、前任の多田MSと得意先へ同行訪問していた。


「でも、何で、そんな事したんやろか」秋山は横田課長に尋ねた。

秋山が疑問に思っているのは、中村MSが何故、空売りをしたのか。

三井所長の説明では、ノルマ達成のためだと横田課長が云った。

確かに中村MSの担当地区は計画を達成していない。

中村MSは担当地区を引継いだばかりで、しかも新人だ。

営業二課の三崎課長は、中村MSが新人であることを考慮している。二課の他の課員に計画数字を振分けて負担を軽くしている。

だから、さほどノルマは厳しくは無い。

最も、梅本薬品自体、ノルマは厳しく無い。

この地方における、この業界自体、さほど厳しくは無い。

「まあ、どっちにしても、空売りしたんは認めとるしな、しゃあないな」

中村MSは、明朗活発で積極的な性格だそうだ。すこぶる営業向きだ。

「それから、三井所長から中村の処分の相談があってなあ。アッきゃんも聞かれると思うで」

横田課長から忠告を受けた。

「まあ、ちょっと調べてからやな」秋山は、百々津営業所へ出張する事になった。

久しぶりに百々津営業所へ出勤することになった。

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