1.帰路

誰か倒れている。

いつも通勤に利用している道だ。

このアパートの住人だろうか、酔い潰れて道端に寝込んでしまっているようだ。

見ると、初老の男だ。

目は開いている。瞬きはしない。目を動かす事もない。

白い長袖のワイシャツに薄いグレーのスラック姿だ。

ゴールデンウィーク前だが、まだワイシャツだけでは肌寒い。

「大丈夫ですか」呼び掛けても反応が無い。

ただ時折、頷くように首を微かに動かしている。

困った。

通行人は居ない。

駐車場から自宅アパートへの帰り道に公園がある。

公園を囲む道路にはマンションやアパートが建ち並んでいる。


「もしもし」消防署へ通報した。

西側に面した道路に三棟の同じ外観のアパートがコの字に建っている。

アパートの建物と駐車場の間に木立の植え込みがある。

その植え込みと建物の間の通路に男が倒れている。

すぐに消防署の応答があった。

「男の人が倒れています」

倒れている男は、このアパートの住人のように見えない。

「何歳くらいですか?」

「六十くらいだと思います」少し焦っていた。

「場所はどちらですか?」

自宅アパートから南へ約四百メートルの距離にある月極駐車場を借りている。

築三十五年の自宅アパートに駐車場の空きが無かったからだ。

「上里町です」冷静に伝えようとしたのだが、いざとなると慌てている事に気付いた。

「番地は分かりますか?」相手は極めて冷静だ。

「分かりません。けど公園があります。公園の西側のアパートです」栗林市上里町に引っ越して来て三年になる。

「公園ですか。アパートの名前を教えてください」

いつも同じ道を通っているが、普段、アパートの名前を気にした事がなかった。

「ちょっと待ってください」周囲は暗くアパートの看板が見えない。

アパートの外階段を上って看板近くへ寄って確認した。

「ミントハイツです。駐車場の庭木の植え込みに倒れています」

「分かりました」

男は全く動く気配がない。

それにしても、不思議だ。誰も倒れている男に気付かなかったのだろうか。


暫くすると、救急車が近づいて来た。

赤色灯は回っているがサイレンは鳴らしていない。

救急車に向かって手を上げて合図した。

救急車がアパートの敷地の駐車場に停まった。

救急隊員が、男に声掛けをしている。

反応は無い。

男は担架で救急車に運び込まれた。

救急隊員が近づいて来て尋ねた。

「念のため、名前と連絡先を教えてください」あくまで冷静な口調だ。

「秋山弘です。電話は携帯で良いですか?」

「はい。それで結構です」

秋山は携帯番号を告げた。


ふと電柱を見ると、上里町四の二と表示板があった。

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