5.決算

「えっ?それ、私が、やるんですか?」智子は驚いた。

智子は、本社に呼び出されて、決算整理を手伝う羽目になった。


二日前だ。

お昼休みに社内電話が入った。

電話には、対外的に公開している電話番号と非公開の社内電話番号がある。

社内電話を受けたのが智子だった。

「はい。肱川営業所、営業事務課の東です」

本社の越智課長からだった。


「所長いますか?」越智課長は、村上所長に用事だ。

お昼休みに電話を掛けて来ても昼当番しかいない。

居ない旨伝えると、それじゃあと、智子に話した。

明後日から、本社へ長期出張になると云われた。

その旨、村上所長へ伝えるだけの要件だった。

智子は、それだけでも大変な事だけど、と思った。

相談でも依頼でもない。

「帰って来たら、本社へ連絡するように伝えてください」

と云って、電話が切れた。


村上所長に伝えると、慌てた様子で、本社へ電話を掛けていた。

電話が終ると、村上所長は、智子の席まで来て、そういう事だ、と云った。

もう既に、決定しているそうだ。


田所管理本部長も飯田営業本部長も了承しているという事だ。

両本部長が了承しているのなら、覆らない。

ただ、心配なのは、そのまま、智子を本社へ引き抜かれないかという事らしい。


智子は、何が何だか分からないまま、旅行の準備をして、今日から本社へ出勤した。

総務部の総務課と経理課で挨拶を済ませると、越智課長が、智子を呼んだ。

越智課長の席へ行くと、台帳を渡された。

台帳の背表紙には、「固定資産台帳」と印字されていた。


「東さん。減価償却費の明細を作成してください。前年作成したものは、これです」

十二枚ある減価償却明細書を渡された。

智子は、簿記の二級を取得している。

入社後、実務をする上では、簿記の資格は必要なかった。


しかし、会計業務を真面目にこなすためには、簿記の知識が必要だった。

肱川市には、簿記の専門学校がなかった。


土曜日と日曜日に、石鎚山市の専門学校へ通って、簿記を学んだ。

三級簿記を学んだ時に、会社実務に疑問を持った。

三級に合格して、二級簿記を学んだ時に、ああ、そういう事かと納得した。


ただ、一級簿記に進んだ時に、これ以上は実務に無縁だと感じて、検定を受けずに止めてしまった。


だから、減価償却費の計算は理解しているし、処理する自信もあった。

村上所長には、申し訳ないけど、このまま、経理課に異動しても良いかなとも思った。


何の説明も無く、いきなり決算整理の手伝いをすることになった。

しかし、遣り甲斐もあった。

そう考えると、驚いたけど、嬉しくもあった。


それにしても、こんな忙しい決算時期に、富樫さんが居ないのを不思議に思った。

何処へ出張へ行ったのかも分からない。

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