3.接近

秋山は、午後四時十分前になるのを待って、車から降りた。

浅水病院の駐車場で、午後四時になるのを待っていた。

野上事務長と面会することになっている。


病院の正面出入口で、スリッパに履き替え、靴を下駄箱に入れようとした時、男と交錯しかけた。

「ごめんなさい」「失礼しました」と互いに苦笑いしながら謝り合った。

男は、擂鉢堂と印刷されたA四サイズの、分厚く膨らんだ封筒を持っていた。


受付で、野上事務長に面会予定だと伝えると、どうぞと云われた。

どうぞ、と云われても、初めてだから、どこへ行けば良いのか分からない。


「あのう」秋山は、場所を教えてもらおうとすると、右手の廊下から、三崎課長が近付いて来た。

「ああ、秋山さん。こちらです」

三崎課長が、案内してくれるようだ。


三崎課長は、中村MSが、謹慎、自宅待機になっている間、浅水病院を担当している。

担当しているといっても、梅本薬品だけが、取り扱っている商品のみの注文だ。

その商品も、同業他社が、梅本薬品から購入して、同業他社が納品する事態になっている。


三崎課長に案内されて、事務室に入った。

入口の正面奥に応接テーブルとソファーが置いてある。

三崎課長の後に付いて、奥のソファーへ向かった。

そのすぐ横が事務長席だろう。


応接セットの後ろ、窓際を通って角の奥に応接室があった。

ドアは開いている。

応接室の奥の正面に、男が席に着いているのが見えた。

見覚えのある人だった。

三崎課長の案内は、そこまでだった。


秋山が、部屋に入ると、男は立ち上がった

すぐ手前の席に男が立って、正面へ招いている。


「初めまして。私。経理部資料課の秋山弘と申します」秋山は名刺を差し出した。

奥の席の男は、もしかするとハヤブサ栗林支社長かもしれないと思った。


目の前の男が、秋山の名刺を受けている時、ノックする音が聞こえて、ドアが開いた。

「ごめんなさい。遅くなりました」

そう云って、経営企画部の横田課長が入って来た。


「ああ、横田君、どうしたんや?あっ。失礼」

部屋の奥にいる男が、横田課長に声を掛けた。


「いえ。私は、野上健一といいます」

野上事務長も、秋山に名刺を差し出した。


秋山は、横田課長に、奥の席の男の所へ促された。

横田課長は、野上事務長に初対面の挨拶をしている。


秋山は、奥の男に名刺を差し出して、挨拶した。

「私は、ハヤブサの鳥飼です」

秋山は、名刺を見た。

やはり、ハヤブサ栗林支社長の鳥飼伸宏だった。


秋山が、野上事務長の前へ戻ると、横田課長が、鳥飼支社長の前へ向かった。

「どうした?」鳥飼支社長が、横田課長に尋ねている。

「はい。吉本部長が、秋山に同行するのかと思ったのですが、秋山一人で伺わせたようでしたので」

横田課長が、何時になく丁寧に答えている。

「吉本部長が、逃げたのか」

横田課長が頷くのを見て、鳥飼支社長は、苦笑いしている。


野上事務長が、秋山の前に資料を広げて見せた。

梅本薬品以外は、目張りされた支払決裁書と、梅本薬品の発行した領収証が用意されていた。


秋山は、もう、鳥飼支社長にも横田課長にも興味がなかった。

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