4.訃報
富樫は、越智課長と擂鉢堂本社へ戻った。
朝、出勤すると、東さんが、富樫の前の席で、電卓を叩いていた。
富樫に代わって、東さんが、決算整理作業を処理した。
それは、越智課長から聞いていた。
決算整理の作業は、終わったのだから、肱川営業所へ戻っていると思っていた。
出社した富樫に気付いて、東さんが、「おはようございます」と挨拶した。
富樫は挨拶を返して「どうしたんや?」と尋ねた。
「どうしたんや。って?ああ」東さんは、質問の意味を理解して、説明した。
今月の二十二日に、擂鉢堂の株主総会を開催する。
株主は、擂鉢堂のOBと主要メーカーばかりだ。
ほぼ身内みたいなものだから、心配はない。
その準備と、資料の作成を任されたと云う事だ。
それで、東さんは株主総会まで、本社勤務になっている。
驚いた。
総会の準備は総務課の仕事だし、総会の資料作成は、越智課長の担当だ。
その二つを東さんは、任されている。
そんなに評価が高かったか?
東さんを見ると、両手でピースマークを誇らしく差し広げて、富樫に見せていた。
気付くと、越智課長が出勤してきた。
始業チャイムと同時に、越智課長が富樫を呼んだ。
「行こうか」言葉はいつも通りだが、意気込んでいるように思えた。
「あっ。それから、今日、経理課の親睦会をするからな」
越智課長が云った。
それは、東さんの歓迎会を開く、と云う意味だと解釈した。
東さんを本社へ引き抜く、ということだろうか。
五岳山営業所での調査報告のため、専務室へ向かった。
越智課長は、何か意気込んでいる。
部屋へ入ると、田所本部長は、電話中だった。
退室しようとしたが、窓の外へ向いて、そのまま入るように、手招きされた。
部屋に入っても、田所本部長の電話は続いている。
更に、越智課長を見て、本部長席の前に置かれた応接テーブルを指している。
ソファーに掛けるように、手で合図している。
富樫は、越智課長がソファーに座るのを見て、隣に座った。
田所本部長の電話は、まだ続いている。窓の外を見ている。
また、何か問題が起こったようだ。
田所本部長の表情が険しい。
電話が終って、すぐだった。
「おい大変やわ。木崎が死んだで」
調査報告をする前に、いや、挨拶をする前に、田所本部長が云った。
木崎は、浅水病院の担当MSだった。
浅水病院の集金を偽装して着服したのは、間違いないと思っている。
そして、浅水病院の前事務長、早原氏も関与している。
寧ろ、早原氏が、主導していたのかもしれない。
木崎は、県の西に位置する弥勒寺市の出身で、擂鉢堂の五岳山営業所勤務だった。
独身だったが、実家を出て、栗林市にアパートを借りて住んでいた。
五岳山営業所へは、そのアパートから通っていた。
そのアパートの木崎の部屋から出火した。
夜中だったが、発見が早かったので、被害は木崎の部屋だけだった。
四世帯の住人の内、三世帯の住人が、全員無事が確認された。
出火元の住人の木崎は、部屋に居なかった。
出火の原因は、消防署で調査している。
警察では木崎を捜索していた。
火災のあった翌日、木崎は県境のキャンプ場下の崖で、木崎は遺体で発見された。
アパートを借りる時の、借主の勤め先を記入する欄に、擂鉢堂と五岳山営業所の電話番号が記載されていた。
それで、警察から五岳山営業所に確認の電話があった。
五岳山営業所では、どうしたら良いのか見当も付かなかった。
ここで、テキパキと対応して、ビシッと処理をすれば、本社での覚えもめでたい。
とも思う事もあるのだろうけれど、地方の地場産業の部長連中に、そんな度胸は無い。
ある訳が無い。空想するだけだった。
もし何かあれば、責任を問われるだけだ。
結局は、本社へ報告して、本社の指示を待つだけだった。
ただし、田所本部長にしても、地方の地場産業の専務に過ぎない。
田所本部長にしても「おい。大変やわ」と云っただけだ。
本当にどうしたら良いのか分からないのだろう。
それでは、本当に、擂鉢堂の重要案件の意思決定をしているのは、誰なのか。
「分かりました。早速、五岳山市へ行って来ます」
と云ったのは越智課長だった。
越智課長なのか。
しかし、越智課長が、富樫に今日は親睦会だから、明日もう一度、五岳山営業所へ出張するように富樫に指示した。
詳しい指示は全くないままだ。
しかも、田所本部長から話があった今日、何の変更もなく、親睦会をするのだ。
そう宣言したのは、越智課長だ。
擂鉢堂の意思決定をしているのは、越智課長かもしれない。
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