5.御供

線香をあげて、奥さんに、お悔やみを述べた。

奥さんは、多田と同期入社だから、秋山も同期になる。

子供は、男の子が一人いる。


まだ、座卓だろうか、小さな台に遺骨と位牌。

ろうそくと線香立て、それから、お花とお供え物で、綺麗に後飾している。


秋山と同期の女性は、全員、高卒だったので四歳違いの筈だ。

今見ても、まだ二十歳くらいにしか見えない。


正直に云うと、同期だった奥さんの顔も旧姓も覚えていない。

秋山を目の前にして、奥さんは、さほど悲しんでいるように見えない。

寧ろ、自信さえ感じられる。


勿論、心の奥では、悲しんでいるのかもしれない。

気丈に振舞っているだけかもしれない。

あるいは、多田が、亡くなった事を実感できていないのかもしれない。


秋山は、何故、退職するのか、尋ねなかった。

退職する原因は、いろいろあって、説明なんか出来ないだろう。

と、その時は、そう思っていた。

だから、尋ねなかった。


当たり前だが、奥さんは、多田に退職する理由を尋ねた。

多田が、答えた理由は、同期は皆、係長や課長に出世している。

今の会社で、真面目に勤めていても、出世は見込めない。

それは、秋山もご同様だ。

一緒に仕事をしないかと、誘ってくれる人がいたので、思い切って転職することにした。

と云う事だった。

秋山には、そう云ってくれる知人は居ない。


確かに、それも一つの理由かもしれない。

秋山は、今、思えば、浅水病院からの集金を着服していたからだろうと思っている。

早原氏から野上事務長に代わって、不正が発覚する事を恐れたのか。

どう考えても早原氏も共犯だろう。

もし、一緒に仕事をしようと、誘った人がいるとすれば、早原氏だろう。


ただ、今日は、その事を打ち明ける事ができない。

お悔やみを述べるだけだ。


吉本部長に報告して、一度、林に相談してみよう。

林は、旭寺山の送電線の鉄塔が倒れた一件を捜査していた。

その旭寺山で、多田は変死体で発見された。


何か関係があるのかもしれない。

林は友達だ。

しかし、いくら友達でも、刑事だから、捜査内容を教えてもらえないのは分かっている。


秋山は、多田が、退職した後、何をしていたのか尋ねた。

就職先は、決まっていると聞いている。

勤めるのは、まだ先のように聞いている。


奥さんは、何をしていたのか分からないと云った。

離職票が届いても、職業安定所へ行くことも無かった。

どうやって、就職先を見付けたのか、不思議だった。

しかし、退職した翌日から、毎日、決まった時間に出掛けて、決まった時間に帰ってくる。

何か仕事をしていると思っていた。


何をしているのか、尋ねたが、アルバイトをしていると答えただけだった。

どんなアルバイトをしているのかも云わなかった。

しかも、毎月のお金は、勤めていた頃の給与以上に、現金で奥さんへ渡していた。


住居は、両方の両親から、資金を用立ててもらって、マンションを購入して、住んでいる。

だから、秋山のように家賃等の住宅費の支出は無い。


マンションの所有権の関係はどうなっているのだろう。

地方とはいえ、栗林市の一等地だ。

秋山は、ぼんやりと考えていた。

子供が大きくなれば別だが、今のところ、困っていない。


今後どうするか、両方の親と相談しているそうだ。

奥さんは、淡々と話し終えた。


それにしても、毎日、何処へ出掛けていたのか。

どうやって、収入を得ていたのか。

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