6.合図

目の前で内線が鳴った。

富樫が内線に出ると、越智課長からだった。

すぐに、田所本部長の部屋へ来るように云われた。


越智課長は、一時間程前に木崎の警察対応の報告で田所本部長の部屋に入っていた筈だ。

驚いた事に、越智課長は、報告書も提出していた。

大抵の場合、報告書は、富樫の作業になるのだが、と思った時に、気付いた。

東さんだ。

東さんに報告書の作成を頼んだ、いや、指示したのだ。


部屋へ入ると、応援テーブルの奥に飯田社長が席に着いていた。

角を挟んで横に田所本部長と越智課長が席に着いている。


飯田社長の正面には、忘れもしない。

浅水病院の応接室で会った男性だ。

越智課長の正面の席に着いている男性が居る。

後ろ姿で、誰だか分からない。

「富樫君。こちらへ」

越智課長が、立ち上がって富樫を呼んだ。

社長の正面に居た男性が立ち上がった。

同時に、越智課長の正面の席に居た男性も立ち上がり、ソファーの後ろに回り、富樫の方へ向き会釈した。

富樫もつられるように、会釈を返した。


越智課長は、社長の正面の男性の隣に立ち「こちらが、富樫と言います」

と紹介した。

「初めまして。擂鉢堂、本社経理課の富樫です」と富樫は名乗ると越智課長が富樫に男性を紹介しようとした。

「ああ。いいよ。富樫さん。初めまして」と越智課長の紹介を遮って、男性が富樫に名刺を差し出し、自己紹介をした。


富樫は、驚いた。

この人が、ハヤブサ栗林支社の支社長か。

富樫は名刺を持って来ていない。

慌てたが、越智課長が察したように

「名刺は、いらないから」と云って、富樫の横に立った男性の紹介を始めると、男性も自己紹介を始めた。

「私は、名刺は差し上げられませんが、梅本薬品の経営企画部の横田博昭と申します」

競合している会社の人が、何故?


「早速ですけど、越智さん。擂鉢堂さんと同じ時期に、梅本薬品さんでも、同じような不正が見付かったんです」

鳥飼支社長が云った。

「えぇ!」富樫は驚いた。

富樫は、木崎の売掛集金着服の処理をしている。

だから、自社の不正は、把握している。


何となく、梅本薬品の経営企画課の人が来社している理由を想像した。


木崎が梅本薬品の誰かと共謀して売掛集金を着服した。

梅本薬品と協力して調査をするという事だろう。


ただ、木崎の両親に状況を説明し、会社へ全額返済する事で合意している。

返済される金額は、一千二百万円。

それも全額、浅水病院へ返却する事で浅水病院とも合意している。


つまり、擂鉢堂としては、方針が固まっている。

何を協力する事があるのだろう。


鳥飼支社長は、更に説明を続ける。

両者は、ハヤブサの拡売企画を利用しての不正だった。

自社の企画を悪用された事に憤っていた。

そして、木崎の不正の後処理を労った。

「それで、梅本薬品さんを退職した

MSが、やはり、浅水病院さんを担当していてね。こちらも殺害されている」

鳥飼支社長は、更に驚いた事を云った。

「えぇ!」富樫は驚きの連続だった。

これも、偶然なのか。

状況を考えると、連続殺人事件だ。

「まあ、そちらについては、横田さんが対応する事になっています」

鳥飼支社長が云った。

「実は、越智さん。擂鉢堂さんと梅本薬品さんとの合併話が進行しているんです」

鳥飼支社長が云った。

「えぇっ!」「うっ!」

富樫は驚いたが、今度は、越智課長も唸った。

擂鉢堂もハヤブサと取引はあるがメインのメーカーではない。

しかし、取引先の製薬メーカーでは、最大手だ。

ハヤブサの意向を無視出来ない。

「合併について、話しをした以上、全て話しておきます」

鳥飼支社長は、話し始めた。

合併話が進行中に、今回の不正が発覚した。

そして、殺人事件さえ起こった。


もっと早く、不正が発覚していれば、二人が殺されなかったかもしれない。

いろんな事情があったにせよ、不正の起こらない仕組みが必要だ。


もうひとつ、不正の発覚と殺人事件の発生したタイミングが、合併時期を見越したようだ。

誰かが、今回の合併を阻止しようとしているのかもしれない。

合併阻止で殺人事件まで起こすとは考え難い。

しかし、身辺には、充分、注意するようにという事だ。


「それで、越智課長は、私と一緒に、今回の不正と殺人事件に関する対応、お願いいたします」

横田課長が云うと、また越智課長は驚いている。

「それと、今日は、仮病で来てませんが、富樫さんと当社の経理の者で、合併処理を担当していただきます」

梅本薬品の横田課長が云った。


富樫は、何を云われても、もう驚かない事にした。

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