6.組織

「部長には、話を通したけんな」

横田経営企画課長が云った。

「ありがとねぇ」秋山は、日常業務を持っていないから、特殊な事案が、発生した場合、調査の要請を受ける事が多い。

中村MSの架空売上が、発覚して、秋山に調査を要請した。

その場合、経営企画課から所属長の経理部長に、秋山へ調査を要請した旨、報告することになっている。


ゴールデンウィーク明けに、本社へ出勤した秋山は、横田企画課長と報告を兼ねて打合せをしていた。

調査の過程で、別の不正を発見したので、調査の継続を横田課長に相談したのだが、どうも歯切れが悪い。

普段なら、すぐに、その新たな不正事案の調査を依頼するのだが、今回は様子が違う。


週が明けて、吉本経理部長から食堂へ呼び出された。

食堂へ入る前の通路に灰皿が置かれているからだ。

吉本部長も秋山も煙草を喫う。二人とも、隙あらば、喫煙所に隠れる機会を窺っている。

「聞いたんやけど、百々津営業所やったんやろ」

秋山は、吉本部長から、百々津営業所で調査していたのだろうと確認されたのだった。

「はい」どういう意味なのか分からなかった。

「横田から、アッきゃんを借りるっちゅう報告が、無かったんや」

吉本部長は、特に、報告が無かった事を怒っている訳ではない。

今、社内で、何かが進行していると、考えている事を云いたかったのだ。


まず、秋山に作業を要請したという報告が無かった。

今までで、初めての事だ。

報告を忘れていたとしても、事後報告くらいは、ある筈だ。

ところが、秋山が調査を終えて、本社へ出勤するようになっても、横田課長は、報告の有無を覚えていない。

秋山が、出張している期間、横田課長も出張していた。

吉本部長は秋山と横田課長が一緒に出張していると思っていたようだ。

どこへ出張しているのかは、不明だった。

岡崎経営企画部長に、秋山と横田課長は、どこへ出張しているのか尋ねた。

岡崎部長は驚いたそうだ。そして、吉本部長に詫びた。

横田課長が吉本部長に報告していない事を知った。

ただ、秋山の出張している内容を説明したが、横田課長の出張は、別件だという事だそうだ。

吉本部長は内密な事案が進行していて、そちらの業務に携わっているため、深く静かに、どこかへ出張しているのだろうと思っている。


いつも、秋山に、作業を依頼して来るのは、同期の経営企画課の横田課長だ。

横田課長と秋山は、同期入社で、遠慮なく話ができる間柄だ。


会社は、ある程度、年功序列型の昇進を踏襲している。

大体、五年くらいで、優秀な者は係長に昇進する。そのあと三年から五年くらいで、課長に昇進している。勿論、優秀ならばである。

つまり、横田課長は優秀で、秋山は無能というのが、会社の評価ということだ。


多田MSが、退職してしまったので、男の同期七人の内で、役職が付いていないのは、秋山ともう一人、愛媛のMSをしている奴だけになってしまった。


ところが、営業職は昇進する可能性が非常に高い。

販売計画の達成を継続していければ、管理能力は問われない。

管理部門は、係長、場合によっては、課次長、課長、の役職がある。

営業部門は、係長、課長代理、課次長、課長の役職がある。

上役には、管理部門も営業部門も部次長、部長の役職がある。

営業の現場では、平社員が担当しているよりも、係長、課長等の役職の付いたMSが、担当している、という方が、より大切な得意先だと思われているように、錯覚させる狙いも、あるのかもしれない。


ちょっと、話が逸れたけど、最近、よく社内から姿が見えなくなることがある。

「けど、何が動いているんですかね」秋山は吉本部長に云った。

「分からんわ」

吉本部長は、社内に情報源を多数持っている。

それでも、何が進行しているのか分からなかった。

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