5.刑事

訪問を知らせるチャイムが鳴った。

日曜日の夕方は、スーパーで買って来た刺身をつまみにビールを飲む。


訪ねて来るのは、大抵、新聞購読か宗教団体の勧誘だ。

いつも応対には出るのだが、挨拶が終わった段階で断る事にしている。


「はい」返事をして、玄関ドアを開いた。

「私、北警察署の林といいます」刑事だ。

しかし、見たことがある。


「あっ!ハヤシ?俺や。アキヤマや。なぁんや。ヤッシ」つい昔のあだ名で云った。

「ああっ。アッきゃん!」高校の同級生だ。


「どうしたんな。元気しとったんかいな」随分と、久しぶりだ。

「アッきゃんこそ。どうしたんな。こっちで住んどったんか」

林は懐かしそうに云った。


「中、入れや」秋山は、林を部屋へ招き入れようとした。

「いや。勤務中やし。ここでええわ」

こんなに、遠慮深かったのか。


「上がるだけや。ちょっと片付けるわ」秋山も懐かしかった。


「いや。ほんまに、ええわ」

林は、堅く断る。

「そうか。ほんで、どしたんや?」秋山にとって、用件は付け足しでしかない。


「旭寺山。知っとるか?」

ここからは、本当に聞き取り捜査のようだ。

「聞いた事はある」秋山は答えた。

「行った事はあるか?」

「無い。あっ、いや、通った事があるかも分からんけど。そこが旭寺山やと、意識して行った事は無い。引っ越して来た当初、地理がよう分からんで迷うて行った事があるかも分からんな」秋山は、正直に答えた。


「そうか。アッきゃん。一年前の、旭寺山の送電線の鉄塔が倒れた事件やけど。覚えとらんかなあ」

どうやら、理屈っぽい秋山を思い出してくれたみたいだ。


「覚えとるで」秋山は、鮮明に覚えていた。

「えっ?覚えとるんか。そしたら。あっ、いや、これは、聞き取りした全員に聞いとるんやけどな。その時、何しとったんや?」

決まり文句なのか。刑事ドラマと同じセリフだ。


「分かった。日付は覚えとらんけどな。あの日、社内の電話配線工場があったんや」

秋山の勤める梅本薬品は、毎年のように組織変更をする。

下手をすると、不味い組織変更だった場合は、半年どころか半月で変更する事さえある。

その度に、各部署の部屋が移動する。


部屋を移動する度に、電話の配線工場をしている。

その日、本社社屋を新築して以来、ずっと電話工事を担当していた人とは、別の人が作業に入っていた。


社内では、大丈夫だろうかと心配する声が多かった。

毎年、何度か電話の配線工事をしているので、いつも作業に来ている人でなければ、屋根裏の配線がどうなっているのか、理解出来ないのではないかと危惧していたのだった。


そして、突然起こった。

停電だ。

センターマシンは、無停電装置がすぐに作動して、事なきを得た。

が、オンラインでぶら下がっている端末は全て電源が落ちてしまった。

どこまで、センターマシンにデータが生きているのが分からないまま、停電の復旧を待っていた。


そして、社内では、今日初めて電話配線工事に入った作業員が、配線を過って電源を切断してしまったのだと噂された。

電気が復旧した後、事務の確認作業に追われていた。


翌日、出勤すると、電算課の樋口係長が真っ先に教えてくれた。

「昨日、旭寺山の送電線の鉄塔が倒れたん知ってますか」


「おお。ニュースで見たわ」秋山も見て知っていた。

「昨日の停電。倒れた鉄塔のせいでした」

樋口係長は小噺のオチを云うように喋った。

「ええっ。電話の配線工事の新しい人のせいや、なかったんか」秋山は驚いて見せた。


実際にそんな事があるのか、ちょっと、この話も疑わしいと思った。

「はい。そうなんです」

樋口係長は、オンライン工事と電話配線工事を手配する担当だった。


「なるほどなぁ。わかった」林はメモを取りながら相槌を打った。

「三木は?」秋山は、もう一人同級生で警察官になった三木の事を尋ねた。


「ああ。三木は、交番勤務しとるわ」同級生の林も一緒だった筈だ。

「ヤッシは刑事になったんやな。三木は、まだ、なれんのか」

秋山は、皆、刑事になろうとしていると思っている。


「ううんと。皆がみんな、出世して。あっ、いや。刑事になったんが出世とは違うやけどな。まあ、皆が出世したいと思うとる訳では無いんや。交番勤務で無事に務め上げたら良えって、思うとる者も一杯居るっちゅうこっちゃ」

林は、目を細めて云った。

「そうか」秋山には三木の考えている事がなんとなく分かった。


「けど、一年前の事件。まだ追っかけとるんやなあ」秋山は、それにも驚いていた。

「まあ、そうや」

林はあまり触れられたく無さそうだ。


「こないだなあ。そこの公園の南。木場通りから一本北へ入ったとこで、検問してたけど」秋山は、思い出した。


「ああ。上里公園の筋やな」

林は内情を知っているのだ。高校時代からの、癖のある表情で呟いた。

「ひき逃げや、言うとったけど、犯人、捕まったんか」秋山の関心事だった。


「まだや。ニュース見とらんのかいな」

林は、呆れたように云った。

「おお。新聞、取っとらんしなあ」秋山は、とぼけて云った。

秋山も昔の表情が戻ったのかもしれない。林の表情が和んで見えた。


「そうか。あのひき逃げで亡くなった人。前にも、あの上里公園の横にあるアパートの植え込みで倒れとって、救急車で運ばれとるんや」

林は、意外な事を云った。


「えっ?それ、何時?」すぐに尋ねた。

「四月の二十一日や」

林は即答だった。

「それはなあ、俺が救急車、呼んだんや」秋山は、少し興奮していた。

「ええっ!ちょっと上がってもええか」林は靴を脱いで居間に続く廊下に上がっていた。


林の目は、あっと云う間に、刑事の目になっている。

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