1.監査
「アズマさん。分かった」富樫は、肱川営業所の東さんに云った。
金銭出納帳の残高と現金実査との差額が発生していた。
「もう、分かったん?」
東さんは、驚いたように、富樫を見ていた。
東智子さんは、地元の高校を卒業して、擂鉢堂の肱川営業所の営業事務課に勤務している。
営業所の営業事務課というのは、得意先からの注文をメモしてオンライン端末へ入力する作業が主になる。
「単純なミスが重なったんや」富樫は、間違っている箇所を指して、東さんに伝えた。
売掛金の七千円の入金があった。
金銭出納帳へ記帳する際、預金の預け入として出金欄に転記ミスしていた。
同時に、営業担当者が仮払金三万円の精算で、ちょうど七千円の仮払金の戻りがあった。
更に、取引銀行口座へ七万円を預金しているのを七千円と記帳ミスをしていた。
「ああっ。そんなことに、なっとったんや。ええっ。ごめんなさい」
営業事務課では、金銭出納帳を作成している。
東さんが、営業所での小口現金の入出金を記帳している。
富樫は東さんと同期入社だ。
だから、新入社員研修を一緒に受けていた。
同期は富樫を含めて十二人いた。
女性社員六人の内、女性社員四人は、各営業所の営業事務課に配属になっている。
他の二人は大卒で、本社の営業部で営業職に就いている。
東さんは、肱川営業所の営業事務課へ配属になっていた。
肱川営業所の営業事務課は、東さんを含めて、女性四人だ。
元々、肱川営業所の営業事務課は三人だった。
つまり、一人増員になったのだ。
営業事務課を監督するのは、名目上、営業所の所長になっている。
どこの営業所もそうだが、営業所の所長は、営業職から所長に昇格?している。
各営業所の責任者は、当然、所長という名称になる。
ただし、役職は、まちまちだ。
大きな営業所の所長は、部長クラスが就いているが、小さい営業所の所長は課長クラスが就いている。
部長クラスの所長は、営業担当地区を持っていないが、課長クラスの所長は、営業担当地区を軒数は少ないが受け持っている。
課長クラスの所長は、営業所全体の販売計画も自身の販売計画も達成しなければならない。
肱川営業所の所長は、課長クラスの人が就いている。
どこの所長も、営業成績に関しては優秀だが、事務作業を熟知している訳ではない。
各営業所の営業事務課に、長く勤めている人が、実質的に事務作業を監督している。
肱川営業所で実質的に事務管理しているのは、管理薬剤師の女性社員だ。
現金を触るのは、所長と管理薬剤師の二人だった。
管理薬剤師にしては、事務負担が大きく、営業事務課の増員を望んでいた。
東さんの父親は、肱川市で自動車整備工場を経営している。
肱川営業所の社有車は、東自動車整備工場で整備している。
そこへ、ちょうど、東さんが、高校を卒業して、擂鉢堂に入社した。
東さんが、管理薬剤師に代わって、会計を担当することになった。
ただし、所長や東さんが不在の時は、管理薬剤師も会計を担当することがある。
富樫は、地元の私立大学の商学部を卒業し、地元の医薬品卸売業、擂鉢堂に入社した。
六ヶ月間の新入社員研修を終えると、本社、総務部経理課へ配属になった。
擂鉢堂に入社して七年になる。
入社二年目から毎年、決算整理の実務を任されていた。
特に褒章されることもなく、叱責されることもなく、無難に業務をこなしていた。
ところが、今年、各営業所の監査を実施するように、指示された。
しかも、田所管理本部長から直接だ。
田所本部長は、専務取締役だ。
普通、富樫に業務を指示するのは、越智経理課長か大西総務部長だ。
田所本部長は、総務部長と経理課長へは、了解を取っているとの事だった。
越智課長に確認すると、確かに指示があったそうだ。
越智課長は、本部長に圧倒されて、抵抗出来なかったそうだ。
「決算、どうするんですか」富樫は、営業所の監査へ出向く事は、命令だから構わない。
だが、誰が決算整理をするのか。
何か、隠している。社内で何か起こっている。
富樫のような平社員だけではない。
課長や部長でさえ、何が起こっているのか、分からないのかもしれない。
富樫は、ずっと感じていた。
五ヶ所の営業所を監査に回って、やっと、来週から本社に戻ることになった。
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