7,再建
「方法としてはなあ。梅本薬品の予南営業所と、擂鉢堂の予南営業所を一体と考えたら、どうやろかな」
秋山は云った。
富樫から、擂鉢堂の肱川営業所の業務システム習得について相談があった。
横田課長に投げ付けられたそうだ。
他の各営業所は、梅本薬品にも擂鉢堂にも存在する。
梅本薬品の各営業所が、擂鉢堂の同地域の営業所を支援する事になった。
しかし、肱川市には、梅本薬品の営業所が無い。
梅本薬品で、一番近い営業所は、予南営業所だ。
梅本薬品の予南営業所は、処分する事が決定している。
梅本薬品と擂鉢堂のMSは、もう販売競争をしていない。
擂鉢堂の予南営業所が、梅本薬品の予南営業所の業務を支援する事は、可能だ。
既に、擂鉢堂と梅本薬品の両予南営業所では、交流が深まっている。
だから、梅本薬品の予南営業所から擂鉢堂の肱川営業所へ支援に出向く事が出来る。
そして、梅本薬品の予南営業所から肱川営業所へ業務システムの習得支援に注力する。
というシナリオだ。
「それを私が、提案するんよね」
富樫は、気弱に云った。
「しょうが無い。横田課長に言われたんやろ」
秋山が云った。
「そうやけど、あんまし、自信が無いんよ」
富樫は、やはり気弱に云った。
「横田課長に言われて、断らんかったんやろ」
秋山は、云った。
「そら、そうやけどね」
富樫は、言い訳もしない。
「気にせんと、所長三人捕まえて、そう決まった、ちゅうて言うたら良えんや。もう切るわなぁ」
秋山は、携帯を切って、この問答を終わりにした。
「そんなんで、大丈夫なんか」
三崎課長が云った。
「他に、方法があるんやったら、そう、したら良えんや」
秋山は、突き放したように云った。
仕事は出来るのだが、気の弱い富樫をもどかしく思っていた。
真面目で確実に作業をこなす能力は優れている。
直感は鋭いが、発想力と行動力が乏しい。
だから、横田課長は、富樫に課題を投げ掛けたのだと思っている。
さっさと課題をやっつけて、広瀬さん探しに合流して欲しいと思っている。
秋山は、行方不明になっている広瀬さんを探していた。
三崎課長に、張り付いている。
広瀬さんから、連絡があると考えているからだ。
「もう、病院内では、院長と呼んでるんや」
三崎課長が、浅水病院の状況を喋り始めた。
浅水院長の院長に浅水芳枝さんが年明け早々、院長に就く事になった。
しかし、既に病院内では、浅水芳枝さんを院長と呼んでいる。
経営の再建を始めているそうだ。
手始めに、山下部長へ、病院内の異常な慣習の調査を要請した。
そして、多田と木崎の不正の全貌を解明するように指示した。
山下部長から、秋山に多田の調査資料の提供を依頼があった。
秋山は、すぐ浅水病院へ資料を持参した。
秋山は、梅本薬品と擂鉢堂の調査資料を山下部長に提供した。
「私が調べましょうか」
秋山は、山下部長に云った。
「あっ。いや。大丈夫です。私も実務家ですから。それに、少し分かりました」
山下部長が、微笑んで、分かった内容を説明した。
浅水病院は、医薬品納入業者へ、請求金額の全額支払が原則だった。
実際に浅水病院は、擂鉢堂からの請求金額の全額を支払っていた。
木崎は、ハヤブサの拡売時期だけ、架空売上を実行した。
浅水病院は、架空売上の金額を含めて全額支払いしている。
擂鉢堂の請求書の「前月繰越額」は、ゼロになっている筈だ。
しかし、木崎は、擂鉢堂へハヤブサの拡売分の架空売上金額を差し引いて入金していた。
そして、それは差額を木崎が着服した事になっている。
翌月、架空売上分は返品になっている。
そして、また、浅水病院は、請求金額の全額を支払っている。
だから、浅水病院は、架空売上分の過払いになっている。
浅水病院は、支払った金額と請求書の入金額を照合していなかった。
ここまでは、野上事務長も調査して判明していた。
「それを主導したのは、安藤先生で間違いないと思います」
山下部長が云った。
元々、薬品の採用決定権は、安藤先生だった。
医薬品納入業者への支払決済責任者は事務長だが、実質的には、安藤先生だった。
擂鉢堂の木崎は、安藤先生に接近する手段として、リベートの支払いを提案したと思われる。
県外卸としては、実績が欲しかったのだろう。
一度、擂鉢堂の会社から浅水病院へリベートの振込入金があった。
それは、会社から病院への正式な振込だった。
つまり、表の金だった。
安藤先生個人の懐に入って来ない金だった。
その後、木崎は、安藤先生に直接現金が渡るように仕組んだらしい。
もしかすると、安藤先生の入れ知恵かもしれない。
木崎は、ハヤブサの拡売時期だけ、架空売上を実行した。
架空売上分を安藤先生に手渡していた。
「支払決済書」を作成する事務員が何度か、安藤先生に請求書の入金額と病院の支払額に差異が生じている事を伝えたそうだ。
それに対して、安藤先生は、「支払決済書」の備考欄に、翌月返品処理される金額が記載しているので、これで良い。と云っていたそうだ。
それ以上、事務員は、云えなかったそうだ。
山下部長は、当月から、全て振込入金支払いに変更した。
「多田の場合も同じですかね」
秋山は、山下部長に尋ねた。
「手法は、同じだけど、額が小さいのが気になる。これは、想像なんやけど」
山下部長は、何か思い当たる事があるようだ。
擂鉢堂は、ハヤブサと取引がある。
安藤先生は、同じくハヤブサと取引のある梅本薬品と擂鉢堂を間違えのかもしれない。
多田が安藤先生にハヤブサ拡売時期に拡売商品の納入交渉をした。
使用しない場合は、翌月返品を条件に交渉は、成立したのだと思う。
多田は、請求金額の全額を浅水病院から受け取り、領収証を発行した。
ところが、帰り際、拡売商品が浅水病院から返品された。
山下部長は、当時の返品伝票を確認していた。
返品の仮伝票を作成して、その金額を会計事務員へ返金した。
領収証の差し替えを依頼したが、安藤先生を通じてください。と事務員が云った。
これも、その事務員に確認していた。
安藤先生は、会計担当事務員から現金を受け取っている。
その後、安藤先生と多田が、どのような話し合いをしたのかは不明だ。
領収証の差し替えは、していない。
梅本薬品の請求書の入金額と浅水病院の支払額に差異が生じたままだ。
「木崎と安藤先生の間で、何か取り決めがある事に気付いたのかもしれんですね」
山下部長が云った。
「他の医薬品納入業者では、不正が無かったんですか」
秋山は、不思議に思って尋ねた。
「無かった」
山下部長が答えた。
何故だろう。
ハヤブサと取引のある業者だけだ。
ハヤブサに標的を絞っているように思える。
故意なのか、偶然なのか。
秋山は、東さんを連れて、五岳山営業所へ戻った。
三崎課長が、二階の会議室で待って居た。
山下部長が、今となっては、確かめる事が出来ないのだが。
早原元事務長は、気付いたのだと思うと云った。
だから、早原は、浅水病院を辞めた。
早原は、不正の事実を確かめるために、木崎に会いに行ったのだろう。
早原、木崎と多田は、不正の共犯関係で無いのかもしれない。
「私、今から肱川営業所へ戻ります」
東さんが、そう云うと、会議室から出て行った。
本当に今から、肱川営業所へ向かうらしい。
富樫に任せていられないようだ。
「アッきゃん。良えんか。東さん。富樫に取られるで」
三崎課長は、秋山が東さんを好きなのではないかと思っているようだ。
「東さんは、多分、ずっと前から、トガちゃんを好きやったんやと思うけどな」
秋山は、苦笑いして云った。
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