1.尋問

秋山は、多田の上司だった三崎課長から、話しを聞いている。


三崎課長も、課長とはいえ、他のMS同様、担当している得意先がある。

ずっと監禁している訳にはいかない。

二時間という約束で監禁している。

しかし、なかなか面白い情報は、聞き出せない。


「安藤外科部長は、おかしいんや」

三崎課長が云った。


富樫と東さんは、長机の奥で、分厚いファイルを二冊ずつ胸元で開き、調べものをしている。

「何でも、看護師と怪しい仲らしいんや」

三崎課長が云った。


富樫と東さんは、梅本薬品の経理規程と経理マニュアルを擂鉢堂の物と比較している。


「病院では、物凄い噂になっとるんや」

何人もが、二人が、ホテルへ入ったとか、二人がホテルから出て来たと噂している。


今、富樫が、資料にボールペンで何か書き込んだ。


「その浮気相手の看護師が、事務員に口を滑らしたんや」

三崎課長は、その事務員と仲良くなっている。


東さんは、じっと書類を見ている。

一心に書類を見ている。


勿論、その事務員とは、決して如何わしい、という意味で、仲が良いのではない、と三崎課長は、ややこしく明言した。


今度は、その事務員が、三崎課長に口を滑らしたと云うのだ。

どうだ、面白いだろう、という自慢話だ。


富樫が書類に、付箋を貼った。

二ヶ所だ。


二時間という約束で、三崎課長から話しを聞いている。

もう後、三十分しかない。


「あ。いやいや本当や。その人とは、ほんまに、なんも無いんやで」

秋山は、もっと軽口を云わせておこうと思っていた。

もっと面白い情報が得られると思っていた。


三崎課長は、まだ、本題に入らない。


「それで、口を滑らしたという内容は!」

痺れを切らして、東さんが、三崎課長を睨んで云った。

東さんは、熱心に書類を見ていた。

筈だ。

三崎課長と富樫は、呆気に取られて、東さんを見上げている。


東さんの剣幕に、三崎課長が慌てて、事務員が口を滑らしたという内容を話した。


安藤外科部長が、浮気相手の看護師に、別の病院へ移るよう勧めた。

これが、実際に浮気相手の看護師が、口を滑らした内容だ。

勿論、浮気相手の看護師は、浮気を認めている訳ではない。


後は、事務員の想像だが、安藤外科部長は、浅水病院を辞める。

浮気相手が移った病院へ移ろうとしているのではないか。と云っている。


しかし、三人も殺される理由が、そこにあるのか。


「でも、安藤外科部長の奥さんは、浅水院長の娘さんなんでしょ」

東さんが、興奮して思わず云った。


富樫は、もう聞いていなかった。

黙々と書類を読んでは、何か書き込んでいる。


三崎課長の話しは続く。

これも事務員の想像だが、奥さんとは、離婚するだろう。と云うのだ。


「その浮気が原因なの?」

もう完全に、東さんが三崎課長を尋問している。

浮気が離婚の原因になる、ひとつかもしれない。


「看護師さんは、おいくつ、くらいなんですか」

東さんが尋問する。

一体、何に興味を持ったのか。

「二十七歳です」

三崎課長は、即答だった。


東さんは、安藤外科部長の浮気が、何か、三人の殺された原因だと考えているのだろうか。


しかし、三人が殺された原因が安藤外科部長の浮気とは、考え難い。


安藤外科部長は、四十九歳、奥さんの芳枝さんは、四十五歳。


それにしても、安藤外科部長は、四十九歳。

浮気相手の看護師は二十七歳。

二十二歳の歳の差だ。

安藤外科部長の子供くらいの年齢だ。


安藤外科部長と芳枝さんに、子供は、いない。

子供が出来なかった事も、原因のひとつかもしれない。


他にも原因があるという事だ。

「不動産投資、とかですか」

また、東さんが尋問する。


富樫は、書類にまた、付箋を貼っている。


それは、安藤外科部長が個人的にやった事ではないか。と事務員は云ったそうだ。


安藤芳枝さんは、内科部長だ。

夫の外科部長と浅水院長を大きくしたいと思っている。


病院の機能充実を目指して、設備投資を行って来た。

放射線科、脳神経外科を新規に開設して、大きくして来たのだ。


一方では、銀行からの融資が嵩み、経営が圧迫されている。


つまり、夫婦の向いている方向が違うという事だ。


多田が殺された原因かもしれない。

もし、浅水病院に大きな問題があったとすれば、この辺りかもしれない。


三崎課長の尋問を始めて、二時間経った。

これで尋問は終了だ。


三崎課長は、今から得意先を訪問する。

勿論、浅水病院もだ。

確かに、今は、浅水病院と取引停止状態だ。

だから納品する商品は、限られている。

だからと云って、訪問しない訳にはいかない。


毎日、ご機嫌伺いに訪問して、お詫びする。

そして、病院内の情報をさりげなく収集する。

更に、自身の担当している得意先を訪問している。


薬剤購入決定者が誰なのか。

その人物の誕生日には、プレゼントを欠かさない。

その親しい人は、誰なのか。

その人物の誕生日には、花を欠かさず贈っている。


三崎課長は、僅かな時間で調べあげている。

MSは、ノルマを達成すれば評価される。

ノルマを達成するには、どうすれば良いのか考えている。

だから、課長になれたのだ。


秋山も、人の事は云えないが、多田が出世出来なかったのは、そんな所かもしれない。


擂鉢堂の五岳山営業所は、秋山の地元に近い。

秋山を見知っている人がいる可能性が高い。

梅本薬品の秋山が、擂鉢堂の営業所に通っていれば、不審に思われる。


その点、梅本薬品の百々津営業所なら、秋山の地元だから不自然でない。

富樫と東さんにとっては、地元ではないので、顔見知りは居ない。

三井所長には、申し訳ないが「事務所の方」と紹介している。


それで、打ち合わせ場合を梅本薬品の百々津営業所に決めた。


二階待合所脇にある会議室を占拠している。


三崎課長が、席から立ち上がった。

秋山も立ち上がった。

富樫と東さんも立ち上がって、お辞儀をした。

「ありがとうございました」

秋山が礼を云った。


「その事務員さんは、おいくつですか」

東さんが、お礼の代わりに、最後の尋問をした。


一番、合併準備作業に集中すべきだと主張していたのは、東さんだ。

そして、実際、熱意に作業を進めていたのも、東さんだ。


秋山は、東さんに作業を任せて、富樫と浅水病院の秘密を探ろうと思っていた。


しかし、富樫は、浅水病院の内情に、興味を示さない。


意外にも、東さんが、積極的に三崎課長へ尋問を始めた。

何が、引き金になったのか、興味津々、好奇心剥き出しだ。


それなら、富樫に、合併準備作業を任せて、東さんと浅水病院の内情を探っても良いかもしれない。


「広瀬さんですか?」

三崎課長が聞き返した。

事務員の名前は、広瀬さんというのか。

そう云えば、事務員としか云ってなかったと思う。


「三十八歳です。私の、中学時代の同級生です」

三崎課長は、唇だけで笑い、会議室から出て行った。

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