2.興味

富樫は、経理マニュアルを読んでいた。

かなり高度な管理会計を実行出来る仕組みになっている。


「秋山さんは、融資残高の増加だと思っているんですよね」

東さんが、秋山に尋ねた。


確かに、秋山は、病院経営が悪化した事が、今回の事件を引き起こした、原因だと思っている。

「そうやで」

秋山は、否定しなかった。


富樫は、ずっと梅本薬品の経理マニュアルを興味深く読み込んでいる。

例えば、梅本薬品では、経費を申請する場合、申請者の従業員コード、経費の内容記載欄に組織コードを記載するようになっている。


「私は、絶対に、安藤外科部長の不倫が関係していると思います」

東さんが云った。

女性の嫉妬を甘く見てはいけない。

病院内で看護師と浮気していると噂になっている。

芳枝さんも内科部長だ。

噂は耳に入っている筈だ。

早原を味方に付けて、真相を確かめようとした。

それで、早原は、木崎を利用して、安藤外科部長を探っていた。


木崎が、早原に見返りを要求した。

早原は、売掛金集金を利用した着服を持ち掛けた。

木崎が、その不正に乗った。

それを知った多田が二人を脅迫した。

早原は、多田にも同じ手口で不正を持ち掛けた。

多田がその話しに乗った。

多田の脅迫がエスカレートした。

早原は、不正をしている事を内科部長に打ち明けた。

脅迫されている原因を内科部長に相談した。

内科部長は、激昂して、早原を辞めさせた。

内科部長は不正の発覚を恐れた。


三人とも、内科部長に殺害された。

そして、今、安藤外科部長は、看護師を守るために辞めさせようとしている。


富樫は、以前から管理会計の方法を考えていた。

梅本薬品の仕組みだと、経費を支払った者と、経費の計上される組織が、データで確認できる。

販売管理システムとも連動している。

部門別会社は、既に帳票を出力している。

ただ、月次決算は、まだ検討中だと云う事た。


秋山には、不倫のもめ事から、どんなに考えても、三人が殺害される動機として想像できない。


秋山は、早原、多田、木崎の三人は、共謀して、病院と会社の金を横領した。

何らかの事情で、仲間割れになった。

例えば、金の取り分とかだ。

多田か木崎が早原を車で跳ねて殺害した。

木崎が多田を旭寺山の鉄塔で殺害した。

旭寺山の北上川の斜面の裾に建つ、保養所の所有者は、安藤外科部長だ。


木崎は、自宅アパートに火を放った。

そして、県境のキャンプ場で、遺体で発見された。


「たから、誰に」

東さんが尋ねた。

「安藤外科部長」

秋山が、すかさず云った。

県境のキャンプ場の巌の上の廃業したレストランの所有者は、浅水病院になっている。

安藤外科部長は、三人の不正を見つけた。

あるいは、首謀者が安藤外科部長かもしれない。

三人を利用して、病院の金を横領していた。

会社の金は、両者合わせて一千三百万円。

病院の金となると、もっと巨額になると思う。

早原が着服した金を管理していた可能性が高い。

早原については、調べようがない。

取り分について仲間割れして早原を殺害したとすると、金を奪った後の筈だ。

しかし、一番最初に殺害されたのが、早原だ。

多田も木崎も、両親が着服した金額を返済している。


多田の銀行預金も木崎の銀行預金も、着服した金額に相当する残高は、無かった。

だから、他に誰か、着服した金持ちを管理している人物がいる。


安藤外科部長は、浅水病院を辞める準備をしている。

辞めた後、容疑が掛からないように証拠隠滅を図っているのかもしれない。


これが、秋山の推理だ。


富樫は、感心していた。

擂鉢堂より、梅本薬品の経理システムの方が、断然、管理会計機能が充実している。


「トガちゃん。どう思う」

秋山が、話しを振った。

「良く、出来てるよね」

しかし、分厚いマニュアルで、現場に説明するのは難しい。

富樫は、思った通り答えた。


「そうや無い」

秋山が、東さんの推理と秋山の推理と、どちらの推理を支持するかを尋ねていた。

更に、薄っぺらなフラットファイルを富樫に手渡した。

「これが、簡易操作マニュアルや」

秋山が云った。

「新人に、その分厚いマニュアルを見て、操作しろとは、言えんしな」


なんだ、操作マニュアルもあるのか。

もっと早く出せば良いのに。


「富樫さん。どっちの推理が正しいと思う?」

富樫は、東さんからも答えを迫られた。


「ああ。そうか。俺は、誰が犯人なのかは、分からん。ただ、ひとつ、おかしいなぁと思う事が、あるんよね」

富樫は、疑問に思っている事を話した。


安藤外科部長の浮気相手の看護師が、事務員の広瀬さんに、口を滑らしたと云うのに、不自然さを感じる。

看護師は、二十七歳。

広瀬さんは、三十八歳。


これだけ年齢差のある、看護師と事務員で、どんな、口を滑らす程の接点があったのか。

富樫は、三崎課長に安藤外科部長に関する噂を喋った、広瀬さんが、気になる。

何が、どう繋がっているのかは、実際に確認してみないと分からない。

三崎課長が、最初、事務員さんからの情報と云っていた。

情報を流した人物を特定出来ないように、誰かに話す。

そして、また誰が、誰かに話す。

情報の出所の分からないまま、噂となって広まっしまう。

三崎課長が掴んだ情報の出所は、事務員の広瀬さんだ。

恐らく、事務員の広瀬さんは、誰かから聞いたと云って、病院内に噂として流すだろう。

もしかすると、安藤外科部長と看護師の不倫の噂を流したのも広瀬さんかもしれない。


何のために。

それは、広瀬さんにしか分からない。


秋山と東さんは、ずっと浅水病院て何が起こっているのか、想像していた。

三崎課長が、最後に、事務員の名前を洩らした理由に気付いていなかったようだ。


しかし、これで、富樫も浅水病院の謎についての調査に参加出来る。


富樫は、気を変えるように合併準備について意見を云う事にした。

「これで良いと思う」

富樫は、そう云った。

「何が」

秋山が尋ねた。


富樫は、梅本薬品の仕組みをそっくりそのまま採用すれば良いと答えた。

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