5.集結

ハヤブサ栗林支社の大野課長から浅水病院の決算書を見せてもらっている。


当然、浅水病院も、税務署に、税務申告書を提出している筈だが、勿論、閲覧は出来ない。


浅水病院は、決算書を持っているは融資を受けているメインバンクの象頭山銀行だけだと思う。


象頭山銀行から入手したのか。


あるいは、浅水病院の関係者、それも経営者か経理担当者、なのかもしれない。


当然だが、入手先については、お互いに触れない。


三期分の決算書を前に、大野課長と内容確認をしている。


「売上高」は、三十億円程度。

三期間で、ほぼ同じだ。

地域の病院では、トップだろう。

「営業利益」も、六億円程度で、三期間に目立った変動は無い。

三期以前との比較は出来ない。


「支払利息」は、三年前の四千万円から直近で二億円に増加している。

毎期、当然ながら、「固定資産」と「借入金」が増加している。


三年前に脳神経外科、二年前に放射線科、更に昨年、脳ドックとリハビリ施設。

明らかに、設備投資に伴う「借入金」の増加だ。


現在、計算上のダメージは小さいかもしれない。

現金預金が極端に減少しているのは、致命的かもしれない。


擂鉢堂も梅本薬品も取引額は小さい。

二社合わせても、月額約二百万円くらいだ。


取引額が一番多いのは、潮薬品だ。

月間取引額は、約七百万円くらいだ。

潮薬品の主力メーカーは、最大手の甲越製薬。


二番手の卸は、瀬戸内薬品。

主力メーカーは、擂鉢堂と同じく、紀北化学。


後は、地元の医療機器メーカーだ。

何社かは、毎日出入りしているそうだ。


「もしかして、これが分かっていて、浅水病院へ販売プッシュしなかったのですか」

富樫は、つい、尋ねてしまった。

「そんな事は、ありませんよ。たまたまです」

大野課長が、その時は、はぐらかした。


確かに、浅水病院の経営は厳しい状況にある。

大野課長は、浅水病院に対するハヤブサの立場を説明している。


それは分かるのだが、富樫は、そこに木崎が殺される程の原因があるのかという疑問を投げ掛けているのだ。


元擂鉢堂の木崎だけではない。

梅本薬品の多田、浅水病院の早原元事務長も殺されている。


浅水病院の経営状態が悪化したからといって、三人も殺される理由が分からない。


その時、応接室のドアがノック無しに開いた。

「トガ。何してるんよ」

懐かしい声だ。

「越智課長」

富樫は、振り向いた。

梅本薬品の横田課長も一緒だ。


富樫は、秋山や東さんと合併時の会計業務統一作業をしている。

事になっている。


越智課長と横田課長は、擂鉢堂の五岳山営業所の会議室に、目的を隠して立て込もっている。


木崎と多田が殺された件について、対処するという事だった。

しかし、警察から四回、聴取されただけで、後は梨の礫だ。


それで、人事部会は、組織体系、給与体系のすり合わせをしていた。


しかし、梅本薬品の組織体系、給与体系に一本化される事が決定している。


この部会でも同様だった。

後は、個別に擂鉢堂の従業員を梅本薬品の組織体系に、当て嵌める作業をしていた。

と云っても、実際には、現在の役職をそのまま流用するだけになってしまった。

殆んど、組織体系は同じだった。


結局、今の段階で、課長クラス二人が、出来る作業は、これくらいしか無い。


それに比べて、経理部会は、作業のすり合わせが多いだろう。

と思っていると、動きが怪しい。

越智課長が気付いた。

富樫は、真面目に任務を遂行する性格だ。

任務以外の作業をしていると、ぎこちない動作が増える。

越智課長は、何かあると思い、横田課長に秋山の動きで不審なところがないか尋ねた。

「元々、アッきゃんの行動は、予測不能なんです」

という回答だった。

成程、合併が進行している事を伝える時も、すっぽかし、仮病で有給休暇を突然、取得したりしていた。


つまり、秋山は、いつも挙動不審なので管理不能らしい。


越智課長は、富樫の行動を注視していた。


ついに、富樫が、ハヤブサの業務課長に、浅水病院の内情について相談所があると云って、大野課長に面会を求めた。


人事部会。といっても、横田課長と越智課長の二人だけなのだが。

それでも木崎と多田が、殺された事については、退職しているとはいえ、悔しいし、無念に思っている。

富樫は、考えると奥歯が痛くなる程、歯ぎしりしてしまうと云っていた。


横田課長は、越智課長と相談して、経理部会と合流する事にした。


ただ、これ以上は、ハヤブサの業務課長を巻き込んでも迷惑だろう。


横田課長と越智課長は、富樫を連れて帰ろうとした。


しかし、大野課長が云った。

「私は、迷惑じゃないです。巻き込まれても良いですよ」

大野課長の言葉は意外だった。


三人もの関係者が殺されている事に憤りを感じでいるのだった。

大野課長も同じ気持ちだった。


鳥飼支社長も了解しているそうだ。

ただし、絶対に危険な事は禁止だ。


富樫は、「それでは」と云って、横田課長と越智課長に浅水病院の決算書、三期分を指して、財務状況を説明しようとした。


「それは、もう、ええよ」

越智課長に遮られた。


富樫が来る前に、大野課長から見せてもらっていた。

「私も、一応、経理課長やしな」

越智課長は、そう云って、にっと笑った。


越智課長の得意の笑顔だ。

秋山と東さんとは、明日、大野課長も交えて、打ち合わせをする事になった。

場所は、ハヤブサ栗林支社の会議室だ。

東さんには、富樫から連絡した。

秋山には、まだ連絡が付かない。


横田課長は、また、秋山が予想外の行動をしそうな、悪い予感がした。


そして、横田課長は、電算課の岩本課長に、心の中で謝った。


合併準備のため、極秘裏に擂鉢堂の業務内容を把握している。

本来は、業務部会を立ち上げて、実施すべき作業量だ。


単に、擂鉢堂のシステムを梅本薬品のシステムに移行するだけの担当だった筈だ。

レコードレイアウトさえ入手すれば、データを移行できる。


何故か、業務実務の調査まで担当している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る