2.合流

「なる程ねぇ。そんな事になっとったんやなあ」

秋山は、顎に伸びた髭の一本を爪で摘まんだ。

神経を集中し、勢いを付けて引き抜いた。

秋山は、唸った。

指先に、一本、髭が摘ままれている。


横田課長から聞いた話しに驚いたのか、髭を引き抜いた痛さのためなのか。


擂鉢堂の五岳山営業所の応接室で話しを聞いた。

顎の辺りに何本か髭が伸びている。

秋山は、仮病で有給休暇を三日取得していた。

金曜日から土曜、日曜日を挟んで、翌週の火曜日まで予定していた。


初日は、ゆっくり朝寝をし、昼から刑事の林と会って、色々と相談に乗ってもらった。


翌日は、一日中考えていた。

後、二日は県外へドライブに出掛けていた。


月曜日の夜、横田から連絡があった。

「明日、朝、九時に擂鉢堂の五岳山営業所へ来い」と、横田からの呼び出しだった。

「いや、今、持病の痔が悪化して、動けんのやで」秋山は、断ろうとしていた。

「もう、そんな仮病の話しは、ええから、明日、絶対来てくれ。アッきゃん。絶対やで」

横田は、多少哀願するように云った。

「何があるんや」秋山は、勿体振らずに、云え良いのにと思った。

「明日、言う」

横田は、口を割らない。

仕方がない。

横田との出張をすっぽかした。

今度は、約束を破れない。

面倒臭い奴だなと思った。

電話を切った後、思い出した。

吉本部長の云っていた事が、頭を過った。

指定された場所が、擂鉢堂だった事から、もしやと想像した。


擂鉢堂の五岳山営業所に到着すると、横田課長が秋山の車に近付いて来た。

横田課長は、挨拶もなく、秋山に付いて来るように、手招きした。

黙って、玄関ロビーから階段を上がった。

二階事務所の出入口前のフロアーにある応接室らしきドアをノックした。

中から応答がある前に、横田課長は、ドアを開けた。


想像した通り、合併の話しだった。

会議には、擂鉢堂から、越智経理課長と同じく経理課の富樫が出席していた。

梅本薬品からは、横田課長と秋山、

それと経営企画部電算課の岩本課長だ。

秋山と岩本課長は、初めて合併の話しを聞いた。

汗臭い男、五人が、狭い部屋に朝から籠って打ち合わせをしている。


「合併の話しやけど」秋山が、横田課長に云った。

秋山は、早めに、吉本部長へ合併の件を伝えるべきだと考えている。

吉本部長は、既に社内の動向について異変を感じ取っている。

そんな状況で秋山は、吉本部長に勘づかれずに、合併準備を進める自信がない。

「分かった。専務に許可を貰う」

横田課長が約束した。


専務とは、岡崎専務で経営企画部長を兼任している。

梅本薬品で、六人が合併が進行している事を知っている。

梅本社長、岡崎専務、野田常務、横田課長、岩本課長と秋山だ。

岡崎専務は、経営企画部長、野田常務は、管理本部長に就いている。

秋山の所属する経理部は、管理本部の管轄になっている。

秋山を合併作業に投入するためには、管理本部長に了承を得ておく必要があった。


しかし、野田常務は、さほど気にしていない。

興味があるのは合併後、自身のポジションだけた。

それも、もう潮時かもしれないと思っているかもしれない。


横田課長は、吉本部長を引き入れて、秋山を自由に活動させる方が得策だと考えているようだ。


擂鉢堂は、飯田社長、田所専務、越智課長と富樫だ。

それと、大株主である鉢須賀相談役だ。


横田課長から会社の状況について説明があった。

梅本薬品も擂鉢堂も創業者である社長一族が大株主の同族会社だ。

社長一族が承諾すれば、合併は決定する。

梅本薬品は、梅本社長が承諾している。

「ああ。社長、承諾したんや」秋山が云った。

つまり、メインのハヤブサの意向だと察しがついた。


擂鉢堂では、相談役の鉢須賀相談役だけが、難色を示している。

まあ、しかし、これも大した事ではない。


打ち合わせの内容が、変わった。

ハヤブサの拡売企画を利用た横領事件に関する、状況報告だ

秋山が驚いたのは、擂鉢堂の五岳山営業所でも、浅水病院で不正があったという事だ。

調査に当たったのは、富樫という経理課員だ。

着服した手口も似ている。


擂鉢堂で発覚した着服した金額は、一千二百万円を超えている。

しかも、着服していた木崎が退職している。

多田は今年一月に梅本薬品を退職している。

木崎も昨年六月に擂鉢堂を退職している。

多田は、旭寺山で遺体で発見されている。

同時期、木崎は、何者かに県境の道の駅で遺体で発見されている。

木崎の父親は、地元の建材会社で、役員にこそなれなかったが、かなり、高位のポジションにいた。

三年前に、退職して、かなりな退職金を手にしていた。


だから。

だろうか、あるいは、プライドだろうか、木崎の不正を知らされた時、即答だった。

全額、返還すると即答だった。


木崎が殺された事には、一言も触れなかった。

秋山にはよく分からない。


浅水病院の前事務長、早原氏も亡くなっている。

早原氏の場合は、ひき逃げ事件だ。

突発的なひき逃げ事件なのか、殺害目的だったのか。


ただ、関係者は、すべて、死んでいる。

本当に、終わりだろうか。

このまま、合併作業に没頭して良いのだろうか。


有給休暇の前日、髭剃りをして、出勤して、休暇の初日からずっと、髭を剃っていなかった。

今朝、髭を剃った。

髭は薄い方だが、四日間、剃らなかったので、かなり伸びていた。

電気カミソリでは、巧く剃れなかった。

秋山は、擂鉢堂の五岳山営業所から帰っている時も気になっていた。

顎に残った髭を一本摘まんでは、引き抜こうとしていた。

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