9.疾走

一度、隣の道の駅へ来ている。

多田らしい人物が、道の駅へ毎日来ていたそうだ。

道の駅の店長に尋ねたが、防犯カメラの画像は、残っていなかった。


まだ、道の駅は、開いていない。


浅水病院が運営する「峠の人間ドック」に着いた。

道の駅は、小高い丘を削って、進入しやすくしている。

人間ドックは、丘の上に建っている。

正面の駐車場から石段を六段上がると前庭になっている。

その奥に、また、広い石段がある。

その石段を上ると玄関に着く。


玄関脇には、羊歯類の観葉植物が置かれている。

ドアの前に立つと、開いた。

入ろうとした時。

「助けて!!」

女性の叫び声が聞こえた。

振り向くと、キャンプ場の奥に女性見える。

女性の後ろから、誰か、首に腕を巻き付けて、絞めている。

「こらぁ!」

秋山は、怒鳴った。

石段を駆け降りた。

秋山の怒鳴り声が聞こえたようだ。


黒い防寒服を着た男だ。

防寒服のフードを被っている。

女性を土手から突き落とした。

キャンプ場の奥は、川が流れている。

土手に沿って生垣がある。


秋山は、駐車場から国道を横切り、キャンプ場へ降りる斜面を走った。

生垣の途切れた所の、川辺に下りる石段の辺りだ。


見下ろすと女性が、石段を上がって来ている。

突き落とされた女性だ。

「あっ!」

広瀬さんだった。

「大丈夫ですか」

広瀬さんが頷く。

大丈夫ではない。腕から血が流れている。

人間ドックで治療を出来るだろうか。

秋山は、付き添って戻りかけた。

「大丈夫です。追ってください」

広瀬さんが云った。


秋山は、迷ったが、追い掛ける事にした。


男は、キャンプ場の奥から国道へ出る石段から駆け上っている。

「待てぇえ!!」

追い掛ける時の決まり文句だ。

秋山は、キャンプ場を横切って走った。

男は国道まで駆け上っている。

キャンプ場から見えない。


見失うかもしれない。

キャンプ場から国道までは、かなり高く、斜面になっている。

秋山は、急な斜面を駆け上った。

息が切れた。


国道の歩道から道の駅を見た。

男は居ない。

人間ドックの方にも居ない。

道の駅の隣。と云っても五十メートル程先だが、農業用倉庫の方へ走る男を見つけた。


倉庫の空地に車が停っている。

車で逃げるつもりだ。

秋山は走った。

路肩は、コンクリートで平坦だ。

走った。

もう少しで追い付ける。


男が倉庫の空地へ入った。

もうすぐだ。


男が車まで行き着いた。

ドアノブに手が掛かった。

目の前に男の車だ。


秋山がもうすぐ男に追い付く。

男が車から離れて、倉庫の裏手に向かって走る。


倉庫の裏手に、木陰に隠れた山道があった。

男は山道に入る石段を駆け上っている。


秋山は、車の手前で方向を変え、男を追い掛ける。


男は、石段を上り、坂道を駆けている。

秋山は石段を駆け上がる。

緩やかな坂道だ。

追い付いた。


男の肩に秋山の手が掛かった。

男は手を払って逃げる。

咄嗟に防寒服の裾を掴んだ。


突然、男が止まった。

秋山は、男にぶつかった。


気付いた時には、投げ飛ばされていた。

声も出なかった。

秋山は、男に両腕で絞められている。


サイレン。パトカーだ。

男は、秋山を離した。

秋山は、咳き込んだ。


パトカーが停った。

男は、また、山道を逃げる。


パトカーから林刑事が降りる。

林刑事が走り寄るのが見えた。


秋山は、男を追い掛ける。

男の足にタックルした。

男が倒れた。


林刑事が駆けて来ている。

警察官が、何人も向かって来る。

男は、東斜面の崖から飛び降りた。

警察官は、慌ただしく崖の下を捜索した。

男は、道の駅の裏山の崖の下で発見された。

暫くして、地元の救急車が到着した。

地元の救急車が到着して、男を運んで行った。


「ヤッシ。大丈夫かな」

秋山は、心配していた。

「県外へ出るんに手間取ったんや」

林刑事が言い訳する。


「それにしても、アッきゃん。まだ、走れるんやな」

林刑事が気を変えるように云った。

「いや。結構きつい」

息が上がっていた。

「けど、追い付いた後、どうするつもりやったんや?」

林刑事は、叱るように云った。

「ヤッシが来ると信じとった」

秋山は、足が速い。

だから、陸上競技の授業は得意だった。

しかし、柔道の授業は苦手だった。


「怪我、ないか?」

林刑事が尋ねた。

「あっ。そうや、広瀬さんが突き落とされて、怪我しとんや」

秋山は、思い出した。

「それ、先に言わんか」

林刑事が、パトカーに戻ろうとした。

「広瀬さんは、どこや?」振り向いて云った。

「キャンプ場の駐車場の奥や」

秋山は、そう云って、林刑事に付いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る