2.前進

「ああ。皆さん。お揃いなんですね」

秋山が居酒屋「角水」に入って来た。


富樫は、東さんと梅本薬品の岩本課長と一緒に、「角水」で待っていた。

秋山が一緒に飲もうと誘ったので、予約していた。


越智課長からも、肱川営業所に来るという連絡があった。

梅本薬品の横田課長と、ハヤブサの大野課長も一緒だと云う。

三人とも、一泊するのでホテルを取るように頼まれた。


何があったのか。

秋山も肱川営業所に来るという連絡があって、ホテルを取った。

一緒に「角水」で飲む事になっている事を越智課長に伝えた。


富樫は、東さんと一緒に、岩本課長の説明会を手伝っている。


説明会を終えると、富樫は、岩本課長、東さんと一緒に「角水」へ行った。

すると、越智課長、横田課長と大野課長が、三人で先に飲んでいた。


富樫たちが加わっで飲み始めた。

暫くすると、秋山が店に入って来たのだ。


秋山は、擂鉢堂の五岳山営業所に、課長三人を残して、浅水病院の山下財務部長に面会に出掛けた。

面会の後、すぐ、擂鉢堂の肱川営業所へ向かった。

五岳山営業所へ、ハヤブサの大野課長、梅本薬品の横田課長、擂鉢堂の越智課長の三人を残して、高速を走った。

「角水」で飲んでいると、秋山から肱川営業所に到着したと連絡が入った。

富樫が予約したホテルを教えた。


五岳山営業所で、ハヤブサの大野課長は、面会が終わったら連絡するように云っていた。

横田課長が大野課長に助言したそうだ。

秋山を待っていても、連絡が来るのは、明日の昼くらいになるだろうと云う。

大野課長が、どうしても今日、報告を聞きたいのであれば、肱川営業所へ先回りして、秋山を待ち伏せするしかない。

大野課長は、明日、支社の定例会議に出席する予定だった。

柔和な筈の大野課長が忌々しそうに、肱川営業所へ行く事を決意した。


秋山は、大野課長を見ると「肱川営業所に着いたら連絡しょうと思ってました」と笑顔で云った。


「それで、どんな話しになったんですか」

大野課長が尋ねた。

「まず、一杯、飲ませてください」

秋山は、そう云ってビールとはまちの刺身を注文した。


泡と一緒にビールを一気に飲み干して、秋山が云った。

秋山が、浅水病院の山下部長に依頼したのは、金銭出納帳と支払決済書の照合だった。

目の前で、山下部長が金銭出納帳と支払決済書の照合を始めた。

「山下部長にやらせたのか」

大野課長が驚いた。

「病院の帳簿。部外者の私が、見る訳にはいかんし」

秋山が、当たり前の事を云った。

「そうか。でも、誰か他の人に確認していただく訳には、いかんのか」

大野課長は、それもそうだと気付いたようだが、それにしても。と反論した。

「病院の関係者で、誰か信用出来る人、居るんですか」

秋山が云った。

「それは、それは。しかし」

大野課長が言葉に詰まった。

横田課長が、越智課長と話しをしている。

「それで、会って何を」

越智課長が秋山の話しの先を急かした。

秋山の話しを進行する役回りになるしかない。


浅水病院は、医薬品納入業者に対して、基本、請求金額の全額を月末に支払っている。

支払決済書に記載した各業者の請求金額の合計額が、支払決済書の支払決済書の合計金額に一致しているのか確認した。

結果、一致していた。


次に、毎月の支払決済書の合計金額と、その時の銀行預金からの出金が、一致しているのかを確認した。

これも、一致していた。


金銭出納帳の入金欄に銀行預金から出金した金額が記帳されているのか確認した。

これも、記帳されていた。


つまり、多田や木崎が、ハヤブサの拡売企画に押し込んだ商品を含めて、請求金額の通り、現金を用意していた。


それでは、出金はどういう状況だったのか。

金銭出納帳の月末の出金欄を確認した。

何回かは、入金金額と出金金額に差異があるのだが、翌月の三日までには、支払が完了している。


秋山が確認しようとしている意図は分かる。


多田や木崎が、実際に着服したのかを確認している。

請求金額の通り支払金額を準備し、実際に支払している事を金銭出納帳から確認したのだ。


「それなら、やはり」

東さんが着服していたと云おうとした。

「一度だけ、帳簿に、怪しい記帳があったんや」

それは、秋山が、多田の調査を始める切っ掛けになった、取り消し領収証の金額だ。

金銭出納帳に、二十万円余りの金額が、入金になっていた。

翌月、返品になるハヤブサの拡売品目の合計額に一致する。

金銭出納帳の摘要欄に「梅本薬品から返金」となっていた。

更に、その取引を二重線で取消して訂正印を押している。

「どういう事っちゃ?」

横田課長が秋山に聞いた。

「どう思いますか」

秋山は、大野課長にクイズを出した。


「それは、元々、拡売品目を返品するから、請求金額から差し引いて支払うという約束になっていたんだろうな」

大野課長が答えた。

「その通りやと思います」

秋山が大野課長の答えに同意した。


あっては、いけないのだが、MSが薬品購買担当者に相談する事がある。

返品になっても良いので、今月だけ納品させてもらう事がある。

MSとしては、一品目でも使用してもらえればという思いもある。


その取り決めしていたが、病院側が、過って、全額支払ってしまった。

多田は、それに気付いて、会計担当者へ返金した。


もし、不正な取引だったとすると、会計担当者へ返金しなかっただろう。不正を相談した相手に返金するだろう。


「それでは、何故、その返金処理を取消たのでしょう」

秋山は、はまちの刺身を食べながら、クイズを出した。

「誰かが、慌てて、その返金が間違いだから梅本薬品へ再度、渡すと言って、現金を持ち出した」

大野課長がビールを飲み干し、想像した内容を云った。

「そうなんです」

秋山が肯定した。

横田課長が大野課長のグラスにビールを注いだ。

「木崎は、どうじゃったんかいね」

富樫は、木崎の場合、怪しい取引がなかったのか知りたかった。

「怪しいのは、その一回だけやった」

秋山が答えて「とんな事が、想像出来るかな」今度は、富樫を見て尋ねた。


「木崎は、浅水病院の早原。いや、早原でないかも分からんけど、便宜上、早原として、早原と共謀していた。多田は、返金の一件から、何かに気付いた」

富樫は、想像逞しく喋った。

「そうかもしれんなぁ」

秋山はそう云った。


「けど、早原は、多田と同じで、後から不正を知ったんや」

秋山が云った。

「もう、分かったと思うけど、安藤元外科部長が、多田の返金した現金を会計から持ち出したんや」

山下部長に訂正印を押した会計担当者に確認してもらったそうだ。


秋山は、そう云って、ビールを飲み干すと、瓶ビールをもう一本注文した。


「ここ、良いですね」

この居酒屋へ来て、岩本課長が初めて口を開いた。

岩本課長は、居酒屋「角水」が気に入ったようだ。

梅本薬品は、予南市に営業所があるのだが、肱川市に営業所を持っていない。

岩本課長は、肱川市で飲んだ事がないと云った。


「そうですよね。肱川営業所で説明会やと聞いて、今日しかない!と思うて、急いで来たんです」

秋山が云った言葉に皆、呆然とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る