3.失踪
智子は、ハヤブサの大野課長と一緒に、秋山さんの車で擂鉢堂、五岳山営業所へ行く事になった。
大野課長は、梅本薬品の横田課長と、越智課長の車に同乗して、肱川営業所へ秋山さんを追ってやって来ていた。
大野課長は、秋山さんに余り良い印象を持っていないようだ。
それでも、大野課長は、秋山さんの車に同乗して戻る事になった。
越智課長も横田課長も予南営業所へ行く事になったからだ。
予南営業所で、夜、富樫さんの経理システムと岩本課長の業務システムの説明会がある。
横田課長が、岩本課長の業務システムの説明会を手伝うそうだ。
智子は、五岳山営業所で経理システムの説明をする事になった。
一人で説明するのは、ちょっと不安だ。と秋山さんに伝えた。
すると、秋山さんが、梅本薬品の本社から経理システムと業務システムの説明会の応援者を手配するように調整した。
それについては安心した。
もうひとつ。
心配な事があった。
智子は、大野課長と秋山さんが、帰る道中の険悪な雰囲気にならないのか不安だった。
智子は、険悪な雰囲気になっても、取り成す自信がない。
「どうして、横田課長と越智課長も予南営業所へ行くんですかね」
智子は、険悪な雰囲気にならないように、喋り始めた。
「そんなん、予南で飲みたいんに決まっとるやん」
秋山さんが間髪入れず答えた。
「嘘ですよ。合併発表すると、人事は大変なんですよ」
大野課長が真面目に訂正した。
「何が大変なんですか」
分かっているけど、智子は聞いた。
梅本薬品にも予南営業所はある。
だから、人事に関する調査をするようだ。
つまり、合併すれば、同じエリアに二つの営業所は不要だ。
建物もそうだが、同じ得意先を担当するMSも一人で良い。
勿論、営業所長も一人で良い。
どちらか一方の営業所の土地、建物を売却して処分すれば良い。
しかし、従業員は、そうはいかない。
以前と同じポジションで居られる人と、異動になる人が居る。
MSは、四年か五年で異動する。
同じ地域で、担当する得意先が変更になる事もあれば、別の営業所へ異動する事もある。
それでもMSのままで居られれば、さほど、ストレスは、感じないそうだ。
しかし、もし、内勤にでも異動する事になれば、結構ストレスを感じるそうだ。
もっと酷いのは、内勤者が外勤に異動する事だろう。
MSは、月に何度か、メーカーが開く薬剤の勉強会に出席する。
勉強会は、文字通り、薬剤の知識を得るための時間だ。
知識がなければ、仕事にならない。
内勤者に、薬剤の勉強会はない。
一から勉強するのは、それだけでも大変だ。
だから、内勤から外勤への異動は、非常に苦労する事になる。
それでなくとも、人事に関する評価や調整は、慎重にならざるを得ない。
擂鉢堂に人事課はない。
組織上、総務課が担当している。
大西総務部長が総務課長を兼務している。
だから、人事は、大西部長が調整する事になっている。
しかし、どうやら、越智経理課長に、総務課長としての職務を投げ付けているようだ。
携帯の着信音がする。
秋山さんの携帯だった。
「トモちゃん。出て」
秋山さんが、また「トモちゃん」と馴れ馴れしく呼ぶ。
携帯の相手は、「林」と登録されている。
「はい。秋山の携帯です。私は、東と申します」
智子は、応答した。
秋山さんは、運転中だと伝えた。
秋山さんが、内容を聞くように云った。
「用件をお聞きします」
智子が云うと、少し躊躇たようだが、話した。
林さんは、浅水病院の広瀬さんが、病院を退職したと云った。
マンションに戻っていない。
実家にも立ち寄っていない。
それで、行き先に心当たりがないか。という内容だった。
秋山さんは、知らないと云った。
「多田の元上司は、出社してるか」
林さんが、随分、乱暴な喋り方で尋ねた。
秋山さんが、三崎課長は、来ていると云うので、そう伝えた。
誰か、広瀬さんの知人はいないかと尋ねている。
智子は、秋山さんに確認して、心当たりは無い答えた。
電話を切ると、すぐに、着信があった。
三崎課長からだった。
智子が電話に出ると、三崎課長は、すぐに、用件を喋り始めた。
林さんと同じ、広瀬さんが浅水病院を退職したという内容だった。
「刑事の林から連絡がある。と伝えてくれ」
秋山さんが云った。
「えっ。刑事?」
驚いた。
智子は、秋山さんの伝言を三崎課長に伝えた。
「ああ。それと擂鉢堂さんの五岳山営業所で、待っているように伝えてください」
秋山さんの伝言を智子は、三崎課長に伝えた。
「一旦、サービスエリアへ行きますか」
大野課長が云った。
「いや。五岳山へ急ぎます」
秋山さんが云った。
「林刑事って、前に、ずる休みした時に会っていた人ですか」
智子は、思い出した。
「ああっ。あの時、その刑事さんと会っていたのか」
大野課長も思い出した。
秋山さんは、大事な会合を仮病で休んでいた。
「早原さんの事故は、その刑事さんから聞いたんですか」
智子は気付いた。
秋山さんが、説明した。
林刑事とは、高校時代の同級生だそうだ。
昨年、旭寺山で送電線の鉄塔が、倒れた事件の聞き込みに、アパートにやって来た。
また、秋山さんのアパートの近くで早原さんが、ひき逃げ事故で死亡した。
早原さんは、それ以前にひき逃げ事故にあった近くのアパートで、誰かに襲われて倒れていた。
「そん時、救急車、呼んだんが、儂なんや」
秋山さんが、不思議な巡り合わせだと云った。
多田が殺害された時、林刑事は、梅本薬品まで聞き込みに来ていた。
三崎課長も聴取されている。
多田について、もう一つ、林刑事が云った事がある。
多田らしい人物が、県境の道の駅に毎日、行っていたらしい。
時期的には、多田が退職した直後から殺害される直前までだ。
道の駅に隣接する廃屋レストランの所有者は、浅水病院だ。
木崎が殺害された場所は、その道の駅から国道を隔てた、崖の下のキャンプ場だ。
「仮病で休んで、行って来たんや」
秋山さんは、そう云って笑った。
秋山さんが、塩出市の焼き鳥屋で、三崎課長、浅水病院の広瀬さんと飲んでいた。
その帰り、林刑事がその店に居た。
「広瀬さんを見張っていたんですか」
智子は、そう感じた。
その後、林刑事から呼び出されて会った。
早原さんの死亡は、事故だと伝えられた。
林刑事が、秋山さんに、浅水病院の周囲で起こっている事件には関わるな。と忠告した。
はっきりとは云わなかったが、広瀬さんを張り込んでいたようだ。
「見張っていたのに、見失ったの」
智子は、意外だった。
広瀬さんが、多田と木崎を殺害した犯人だと考えて、警察は捜査していたのか。
「その広瀬さんが、今度は殺されるんじゃぁ」
大野課長が、不吉な事を云い掛けて止めた。
智子は、気付かなかった。
ああ、そうか。そういう事も考えられるのか。
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