5.更新
「東さん。経理マニュアルの整理、終わった?」
越智課長が尋ねる。
「もう少しです」
智子は、経理マニュアルの入金整理編の「領収証綴」の項目を確認していた。
販売管理システムと会計システムを連動する新システムを導入する。
経理マニュアルが、きっちり更新されているか。
現状の会計業務と一致しているのかを確認している。
こうして、マニュアルを確認していると、何のために、そんな処理が必要なのか、分からない作業もある。
例えば振替伝票だ。
マニュアルでは、市販の振替伝票に仕訳を手書きで記入する。
それを会計ソフトに入力する。
入力した取引の振替伝票は、会計ソフトから印刷できる。
そして、手書きの振替伝票も会計ソフトから印刷した振替伝票も保管する。
どちらか一方で良いような気がする。
富樫さんの報告書に領収証綴の確認の不備とあったのを思い出した。
富樫さんの報告書を探して、読んでいた。
今回の不正と領収証綴は、直接関係無かった。
木崎の不正についての報告書だ。
勿論、社外秘だ。
社内でも、限られた人しか、目にする事はない。
富樫さんの報告書を読み返してみて、ふと、疑問に思った。
報告書の通りだとすると、得意先で、予め返品になる金額が、決定していた事になる。
病院で薬剤を新規に採用させるには、それなりに大変だ。
営業所で居た時に何度か耳にした事がある。
官公立病院等では、メーカーのMR(メディカル・レプリゼンタティブ)が得意先で勉強会を実施する。
個人病院の場合も、一応、勉強会は、実施するが、接待攻勢を仕掛ける。
何れにしても大変だ。
浅水病院も例外では無い筈だ。
採用された薬剤が、拡売報償金目的で納品されたとして、一品目も処方される事なく、返品されるのだろうか。
しかも、拡売報償金目的でもない。
拡売期間終了から三ヶ月内に、返品になった商品は、拡売報償金の対象外だ。
三ヶ月どころか、翌月には、返品になっている。
擂鉢堂から請求書が到達した段階で、翌月に返品になる金額を支払決済書に記入している。
他のメーカーでも、拡売企画はあるのだが、年二回、六年間、ハヤブサの拡売企画だけを狙って実行している。
何か、ハヤブサに恨みでもあるのだろうか。
何れにしても、当時の早原事務長が主導していないと不可能だ。
木崎も早原も亡くなっている。
早原を木崎が殺害したとしたら、木崎は誰に殺害されたのか。
二人が不正をした事に間違いないが、もっと別に何かが蠢いているように思う。
内線が鳴った。
「はい。東です」
「田所です。マニュアルの見直し。進んでいますか」
田所本部長からの内線だ。
「はい」
智子の返事から少し間が空いた。
「ちょっと替わります」
誰か部屋に居るのか。
「東さん。今日、食事に行くよ」
富樫さんだ。
あれから、毎日、食事に誘われる。
それはそれで、嬉しいのだが、毎日となると睡眠不足になる。
今は、まだ大丈夫だが、肌荒れは気になる。
「今日は、ちょっと無理です」智子は断った。
「いや、今日は、越智課長も一緒なんや」
富樫さんが焦ったように云った。
「どういう事ですか」
なんだ、今日は、二人っきりじゃないんだ。
それにしても「今日は、越智課長も一緒だ」と云うと、いつもは二人だと、白状しているようなものだ。
あの時は、その場の勢いで、恋人が居ると、田所本部長に啖呵を切ったが、名前までは云っていない。
富樫さんは、仕事が出来る。
しかし、良く云えば、優しい。
悪く云えば、気が弱い。
でも、智子は、そんな富樫さんが好きだった。
勘違いでは、決して無い。
富樫さんは、智子を好きだ。
智子に接する態度で分かる。
例えば、他の女性経理課員には、遅くまで残業していると、「後は、俺がするんで、もう上がってよ」と云う。
智子が残業している場合は、自動販売機の紙コップ持って戻って来て、智子に渡すと「頑張ろうか」と云う。
あれっ?勘違い?
でも、つまり、気弱で誠実な人だ。
誰かが、喝を入れないと決断出来ない人だ。
「仕事上の大事な話しがある」
富樫さんが云った。
ほら、焦って、緊張しているようだ。
だから、あの日、智子から誘ったのだ。
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