5.混迷

富樫は、驚いている。

横田課長が、擂鉢堂の営業所と、梅本薬品の営業所のどちらを残すのかを決定している。


横田課長は、秋山と同期だ。

つまり、富樫とも同期になる。

富樫も秋山も役職に就いていない。

梅本薬品では、課長に、これ程の権限があるのだろうか。

課長に、これだけの権限があるとすると、部長にはどれだの権限があるのか。


ぼんやり考えていると、意外な言葉を聞いた。

「もう、営業所を回るの、終わりにさましょうか」

横田課長が云った。


実は、各営業所から、細かい問い合わせが、殺到している。


例えば、売上の締時間についてだ。

通常は、正午で売上実績を締ている。

午後からは、翌日の日付で売上実績がカウントされる。

しかし、十五日と月末の締時間は、終日、当日付で売上実績にカウントされる。

得意先の請求締日は、十五日と月末が、多いからだ。

MSとしては、売上実績を確保したい。

だから、当日が終日、十五日、月末設定になっているのはありがたい。


しかし、ノルマを確保しているMSは、翌日の日付で、売上を計上したい。

先日付伝票というのか、その辺りを尋ねたいようだ。

他にも、色々と問い合わせが来ている。


「もう、それは、梅本薬品と擂鉢堂の各営業所長に、お任せしましょう」

しかし、それは、営業所の所長にとって負担が大きい。


部長、次長クラスの所長なら、得意先の担当を持っていない。

だから、擂鉢堂の営業所へ出向いて、機能上の確認も可能だろう。

しかし、課長、課次長クラスの所長は、得意先も担当している。


「別に、所長が出向いて行く必要はないんや」

横田課長が簡単に、当然のように云った。


所長自身が、説明のために訪問出来ない場合は、誰か代わりに訪問すれば良い。

誰も行けないのなら、擂鉢堂から梅本薬品の最寄りの営業所へ訪問して疑問点を説明してもらえば良い。

各所長の裁量に、任せれば済む。

と云った。


「それを勝手に決めて良いんですか」

富樫は、心配になった。

「誰かが決めんと、前へ進まんし」

不平があれば、上司へ苦情を云うだろう。

それで、上司が、不味いと判断すれば、指示があるだろう。


そう云えば、越智課長も上司に相談なく、勝手に処理する。


誰が、会社を動かしているのかと、疑問に思った事がある。


「合併後、業務を円滑にするため動いているのに、途中で、処理を現場へ投げて良いんですかね」

富樫は、疑問に思った。

「知っている人が教え、知らない人が教えられる。その方が、業務だけでなく、お互いに、理解し会えると思うんやけどな」

横田課長が云った。


お互いに、所長同士は、仲良く衝突しているので、良く知っている筈だ。

MSも得意先で、これは真剣に、激突しているので、善くも悪くも知って知ってる。


しかし、事務員は、名前も顔も知らないだろう。

早い時期から交流していれば、仲良くなれるかもしれない。


そして合併だ。

昨日の敵は、今日の友。でもない。

合併後は、同僚という名のライバルになる。


富樫は、横田課長の言葉に感心した。

それにしても。

「横田課長。ちょっと、聞いて、良いかな」

富樫は、何か大切な、聞きたい事があったのだが、思い出せない。

ちょっと、頭に浮かんだ事とは、違うがのたが 、梅本薬品について疑問に疑問に思った事を尋ねた。

「梅本薬品は、能力主義なんですか」

富樫が尋ねたかった事では、なかった。

「いや。うちは、年功序列やで」

横田課長は、富樫に理解出来ない事を云った。


そして、あっ。そうだ。思い出した。

「肱川営業所は、最寄りの営業所が無いですね」

富樫が云った。

他の営業所は、全部、梅本薬品の営業所と同じ地域に営業中がある。

しかし、肱川営業所だけは、無い。


「そうやなぁ。トガちゃん。何か、ええ方法、思い付いたら、やっちゃってね」

横田課長は、富樫に、肱川営業所が、梅本薬品と交流を図れるように手配するように云った。

「知っとると思うけれど、浅水病院の広瀬さんが、行方不明や」

富樫は、東さんから聞いている。

横田課長は、何としても、広瀬さんを見付けたい。と云った。


いったい、梅本薬品の従業員を採用する基準は、何なのか。

あるいは、社員教育なのか。

秋山といい、横田課長、岩本課長。

「あっ」

つい、富樫は、声を出した。

「何か、思い付いたんかな」

横田課長が富樫に尋ねた。

「いや。今、考えてます」

横田課長が、富樫を「トガちゃん」と呼んだ事に違和感は無かった。

そう呼ばれた事に、気付いたのだった。

「早よぅ考えて、さっさと、アッきゃんに合流してよね」

横田課長が笑顔で云った。

ちょっと怖い笑顔だった。


横田課長の携帯に着信があった。

すると、富樫の携帯にも着信。

越智課長にも着信。

「はい。横田です」「富樫です」「はい。擂鉢堂の越智です」

各々、携帯に応答した。

「あっ。富樫さん。東です」

それは、分かっている。

携帯に、登録している。

「浅水病院の安藤外科部長が殺されたんよ」

東さんが慌てて云った。

「えっ!」

富樫は、驚いた。

東さんは、震えているようだ。

富樫だけではない。

横田課長も越智課長も驚いている。

三人は、少し距離を置いき、背を向けて、電話の内容に集中している。


浅水病院の元外科部長、安藤先生が殺害された。


遺体は、安藤先生の自宅マンションで発見された。

第一発見者は、浅水病院の浅水芳枝さんだ。

芳枝さんは、旭寺山にある保養所の処分について話し合いをしていた。

二日前に、話し合いをする事になっていたが、連絡も無く浅水病院へ来なかった。

何度か連絡を入れたが、応答が無かった。

昨日も訪れたが留守だった。

今日も、安藤先生のマンションを訪れたが、留守だった。

マンションの管理人に、状況を説明して、鍵を開けてもらい、入室に立ち会ってもらった。


そして、浅水芳枝さんが、安藤先生の遺体を発見した。

詳細な情報は、まだ、分からない。

ここまでの情報源は、秋山さんの知人の刑事からだそうだ。

だから、絶対に情報を漏らしてはいけないそうだ。

容疑者は、広瀬さんらしい。

「それは、サンダルと何か関係が、あるんかな」

富樫は、真面目に考えて、東さんに尋ねた。

「そんなん。分からんわ」

何故か、東さんは、不機嫌だ。


ただし、それも、絶対に口外は、禁止だ。


東さんが、そこまで富樫に伝えて、愚痴を云った。


一体何を考えているのか。

大野課長は、越智課長に。

秋山さんは、横田課長に。

東さんは、富樫に。

各々、一斉に、連絡する事になった。

大野課長が、真っ先に、携帯を手にした。

三人とも同じ内容の電話だったのだろう。


そんな事を云い出すのは、秋山以外に居ない。

それに乗った、大野課長も、何だか、秋山のペースに巻き込まれているようだ。

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