8.発表
十一月一日に合併の発表がある。
富樫は、越智課長や東さんと、一旦、本社へ戻っていた。
東さんは、梅本薬品で作成した合併の案内文書を印刷してコピーをした。
梅本薬品の横田会合が作成したそうだ。
案内文書を封筒に入れて、石鎚山営業所の各課にMSの担当件数分と予備を準備していた。
驚いた事に、梅本薬品の岩本電算課長が、擂鉢堂の本社にまだ居た。
データ移行の調査や準備は終了したと聞いている。
話しを聞いてみると、業務課の事務員から作業について相談が相次ぎ、その処理をしているとの事だった。
擂鉢堂の業務システムは、外注している。
擂鉢堂にも電算課は、あるのだが、課員は三人だけだ。
保守契約は、結んでいる。
しかし、障害が発生した場合、間に合わない。
だから、安定したシステムを採用している。
操作を簡単にしているが、処理速度が遅い。
しかし、梅本薬品の岩本課長が、勝手にシステムを修正する事は出来ない。
そこで、岩本課長は、システムの外注先に、処理の確認や要望を伝える係になっている。
しかも、岩本課長は、ごく普通に、朝礼へ、擂鉢堂の従業員と一緒に出ている。
合併発表の前日、十月三十一日。
月末の忙しい当日に、各営業所の所長が、本社に集められた。
合併発表の当日。
来年四月一日に、擂鉢堂と梅本薬品が合併するという内容だ。
擂鉢堂本社事務所に、石鎚山営業所員も集め、合同で朝礼をした。
朝礼の場で飯田社長が合併を伝えた。
全従業員、一斉に合併を伝える社内メールに案内文書を添付して送信した。
朝礼が終るまで、静かだった。
何本かの電話が鳴っていたが、対応する事務員の小声さえ、大きく聞こえた。
朝礼終了後、事務所は、騒然となった。
自身のポジションがどうなるのか、皆、不安を云っている。
各営業所では、各自、メールで届いた添付の合併の案内文書を必要枚数分プリンターから印刷して、得意先へ持参する事になっている。
石鎚山営業所は、MSの人数が多い。
一斉にプリンターで印刷すると、いつまで掛かるか分からない。
総務課員自体が、合併の件を今日の朝礼で、たった今、聞いたのだ。
東さんが、準備した案内文書を各課毎に分けて、総務課のカウンターに並べた。
総務課員が、営業課長や所長に得意先へ配る合併の案内文書をまとめて渡している。
業務課の事務員は、取引メーカーにファックスで合併を伝える案内文書を送信している。
営業所の事務課では、基本的に、得意先の対応になる。
得意先から、合併に関する問い合わせは、まだ入っていない。
商品注文の電話だけのようだ。
得意先から合併の問い合わせがあるのは、昼過ぎだと予測している。
だから、昼からは総務課、業務課も事務課へ応援に入る手筈だ。
飯田社長は、これから石鎚山市に事業所のある取引メーカーへ、挨拶回りに出掛ける。
メーカーのMRは、それぞれ各所へ連絡を入れている。
前日に集められた各所長は、早速、営業所へ連絡している。
「今日は、営業に、ならんよね」
MSは、営業課長から合併の案内文書の入った封筒を受け取ると、いつもと同じように、営業車両の駐車場へ出て行った。
富樫は、社長に面会を依頼するメーカーの支店長や所長に、社長の不在を伝える担当をしている。
飯田社長は、順次、メーカーの支店、営業所へ挨拶に訪問しているので、行き違いになるかもしれないと伝えている。
どうしても、と云う人には、田所専務の部屋へ案内する事になっている。
富樫が対応した人で、田所専務の部屋へ案内する事はなかった。
一度、携帯に、秋山から連絡があった。
電話対応していて出られなかった。
富樫は、折り返し連絡をいれたが、今度は、秋山が携帯に出なかった。
梅本薬品でも、同時に合併の発表をしている。
秋山が、合併発表について、会社で、どのような事を分担しているのか分からない。
富樫に電話をして来る余裕があるのだろうか。
まさか、また、仮病で休んだりしていないのだろうか。
擂鉢堂では、皆、合併を報せる事に、注力している。
越智課長も電話対応している。
梅本薬品の社内も騒然としているのだろうか。
部長も課長も、全従業員で対応しているのだろいか。
秋山に余裕があるとすると、上司も余裕なのか。
そう云えば、越智課長と梅本薬品の経理部長が同期くらいだ。
だとしたら、やりづらくないのだろうか。
午後五時半。
終業のチャイムが鳴った。
得意先からの問い合わせの電話が鳴り止まない。
全事務員で電話対応している。
気付くと、梅本薬品の岩本課長まで、「お電話、ありがとうございます。擂鉢堂、電算課の岩本でございます」と云って、電話対応している。
メーカーからは、来社予約が後を絶たない。
予約して、来社するメーカーの所長や、予約無しに来社するメーカーの支店長の対応に追われた。
飯田社長と行き違いになって、田所専務や飯田常務に面会して帰る人もいた。
慌ただしい一日が終わった。
秋山にもう一度、連絡を入れてみたが出なかった。
ハヤブサ栗林支社で会合を持った時、秋山は来なかった。
あの後も、秋山の顔を見る事の無いまま本社に戻って来た。
ずっと連絡もなかった。
「お疲れさまです」
岩本課長が帰る途中、富樫に挨拶した。
「今日は、ありがとうございました。
会社に戻らんで、よかったんですか」
富樫が心配して云った。
「擂鉢堂の社員みたいでしたよ」
東さんが、岩本課長に冗談を云った。
「手伝ってくださって、ありがとうございます」
総務課の事務員が、お礼を云った。
「今度は、梅本薬品さんのシステム調査をするんですか。大変ですねぇ」
業務課の事務員が云った。
そうだ、皆は、岩本課長が梅本薬品の電算課長だとは、知らないのだ。
それにしても、岩本課長が、まだ、誰にも梅本薬品の従業員だと、明かしてなかったのには、驚いた。
秋山から携帯に着信だ。
「お疲れさまです。富樫です」
秋山の口癖を真似て、電話に出た。
「えっ。本当にか」
秋山の云った事に驚きはあったが、想像はしていた。
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