番外編 祇園の猫の恋物語 2

[1]


 祇園会が近づいて毎日暑くなってきたころ、

新選組のお仕事が忙しくなった平助さまはいつも疲れて睡眠不足みたいでいる。

うちに逢いに来てくれても用意されたお酒やお料理に手を付ける事なく


……おまけにうちみたいないい女を目の前にしてるのに


なぁんもせんと一刻ほど仮眠をとってすぐ帰ってしまう


「うちみたいな祇園一の芸妓に見られながら寝てるだけやなんて、ずいぶん贅沢どすな……

そんなに疲れてはるんやったらここに来やんと屯所で寝はったらどうどす?…… 」


むすっとしたうちに平助さまは苦笑し

「確かに。酒も食事もしないで座敷に居座るのは迷惑だな…… 」

言葉を切って少し考える

「……それでもここにこうしていると気持ちが落ち着く 」

そう言ってまた寝てしまう


忙しくて疲れてはるのに……こうしてうちの顔を見に来てくれて無防備な顔をして寝ている平助さまへの愛しさで胸がいっぱいになる

起こさないようにそっと頬をなで寝汗を冷たい手ぬぐいで拭う


こんなに疲れてしまうくらい新選組のお仕事、大変なんやなぁ……

今だけでもゆっくり休んでほしい


平助さまの身体には小さな刀傷がいくつか残っていた

その傷が隊の仕事の厳しさを物語っている

着物の上からその傷のあたりに手を添える


これ以上傷が増えませんように……願掛けしとくから今は安心して休んでて



仮眠をとっては、たまに一力で用意したお膳を食べて次の仕事に向かう

こんな感じが続いたある日、いつものように目を覚ました平助さまが

「猫…… 」

「どないしはったん? 」


「外に出かけよう…… 」

「え? 」





 [2]


 その日の平助は夕方から枡屋の監視の当番に当たっていた。

通常の巡察とは異なる土方からの特別任務。


本来なら当番のはずだったが先日、腹下しをした斎藤に代わって当番についたことがあり

律儀な斎藤が今日の任務を交代すると言ってくれたのだ。


「たまには女のところでゆっくりしてやれ、 でないと愛想をつかされる 」

したり顔の斎藤に「……斎藤、 もしかして経験者か 」と平助が笑う。


「俺はお前とは違う……女に深入りはしない 」

「そんなふうに言ってても深入りしたくなる女が出てくるかもしれないぜ 」

「……だな 」

ぽつんと一言、言葉を返すと黙り込む斎藤に

「斎藤がそう言うならありがたく交代してもらおうかな…… 」


もちろんそんなつもりはない

あくまで冗談のつもりだった

時間が来ればきちんと枡屋へ向かうつもりでいた


でもいつも疲れた顔で寝てばかりいる自分に寝苦しくないよう風を送ってくれたり

冷たい手ぬぐいを首元にあててくれたりする猫


祇園一の美貌の芸妓という派手な風聞や見た目、 気の強い物言いの猫だったが

俺が帰ろうとすると必ずまとわりついてくる猫のことをかわいい女だと最近では思っている。


今日はせっかく斎藤が交代してくれると言ってるのだ。


俺は起き上がると猫の返事を待った……



「……せやなぁ、 外は暑いし。

うちは別にどっちでもいいけど……平助さまが外に出かけたいんやったら。

でも日に焼けたらおかあさんに叱られるかもしれんわ

どないしょ…… 」


少し焦れたように「行くのか行かぬのか、どちらだ? 俺の気が変わらないうちに…… 」

言い終わらぬうちに猫のしなやかな白い腕が俺の首に回される。


「……猫? 」




 [3]


「平助さまのあほ…… 」

「……? 」


あほや、ほんまにあほやなぁ


うちは平助さまを見つめる

「そんなん……行くに決まってるやない 」


立ち上がり化粧箱を持ってきて平助さまの前で広げる。

そこには贔屓のお客さんからもらったきらびやかな簪がたくさん並んでいる。


そこから一つ手にとっては戻しまた一つ取っては戻しする


平助さまがあきれたように笑いながら化粧箱を覗いて

「何もしなくてもきれいだからそんなにめかしこまなくても大丈夫だよ 」

そう言って目についた簪を二、三本手に取り一本ずつうちの髪にあててくれる。


またや……胸がぎゅつっとなる。 息が苦しくなりながら鏡に映る自分と平助様を見ている。


「そうだな……これなんかいいと思うが 」


夏らしい紫陽花を模った簪は長崎から来ていた豪商からの贈り物で珍しいびいどろ素材のもので、日を透かすびいどろは見た目にも涼し気で今の暑い季節にぴったりだった。


鏡に映る自分の頬が紅に染まるのを見て静めるように冷たい手のひらを添えた


首をかしげながら「……うちはこっちの翡翠のがええかなと思ったんやけど。 

うーん、せやな。これも夏らしくていいかもしれませんな。これにするわ 」


平助さまがびいどろの紫陽花を髪に差してくれた。


胸が高鳴るのを抑えて、平助さまが差してくれた紫陽花に触れる

「きれい…… 」


平助さまが選んでくれた…… 

それだけで胸がときめく

買ってくれたのは別の男だがそんなことは関係ない


『 平助さまが選んで髪に差してくれた 』

そのことが大事なのだから



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