激震編 14話 芽生えⅡ 火種と愛
[1]
阿部に案内された店はこじんまりとした料理屋だった。
他に客はいないのか店の中はずいぶん静かである。
小さな座敷に腰を落ち着けると酒と豆腐の田楽やフグを煮たものなど江戸では馴染み深い料理が運ばれてきた。
平助は懐かしそうにフグの小鉢を眺める。
「スッポン煮ですね…… 」
「出羽から出てきて大坂や京へ出る前に少し江戸にいたことがある。
その時すっかり気に入った。富山君も食べてみてくれ。」
平助と富山が料理を味わっていると、
「藤堂君、吉原かなんかだと期待させたなら悪かった。
日頃の礼にまずは美味い料理で一杯やろう。二軒目に案内するから 」
どこまで冗談なのか本気なのかわからない口調で阿部が平助に酒を勧めてくる。
平助は生真面目な顔のまま少しだけ微笑む。
「……私は妓楼遊びはしません。その代わりお酒は付き合わせていただきます 」そう言って盃に口をつけた。
「若いのに遊ばないなんてもったいない……
もしかして伊東先生と行った祇園のお座敷に出てたあの別嬪に本気なのか?
噂は本当なんだな……うらやましい。
いつ知り合った? 俺が隊を辞めた後か? 」
阿部が芹沢粛清事件の後に一度新選組を離隊していたことを思い出す。
「……阿部さん。一度聞きたかったのですが、なぜ新選組を辞めたのですか? 」
「……それは今する話なのだろうか? 」阿部が薄く笑う。
「元々、水戸学が好きなんだ……たくさん勉強もした。芹沢さんはあんな人だったけどやっぱり見識はすごかった、酒さえ飲まなきゃ…… 」
「…… 」平助は目を伏せた。
「なぜだ?…… 」
阿部の声が尖ったのに気づいてハッと顔を上げる、手が震えて盃を落としかけた。
二人の話に耳を傾けていた富山も飲みかけの盃をそっと膳に置く。
「芹沢さん、あの夜もたくさん飲んでたな……いや、飲まされていただっけか…… 」思い出すようにそう言って平助をじっと見据える。
[2]
「芹沢さんを
水戸学みたいな思想に走るとあそこじゃ嫌われるってことも…… 」
富山がごくりと唾を飲み込む音。
「……だから新選組を辞めたのですか? 」
「そういうことになるんだろうね…… 」
「…それなのに、なぜ戻って来たのですか?…… 」平助も阿部の目を見返す。
阿部はそれには答えない。
「新選組を辞めてからしばらく京や大坂を転々として……
そのころ薩摩の中村さんとも親しくなって、今も付き合いがある。その縁で不祥事起こして藩にいられなくなった富山くんも新選組に紹介した 」
「薩摩の中村さんとは中村半次郎という人のことでしょうか……
過激派浪士のような活動をしていると聞いていますが、いいのですか?
そのような方と親しくして……土方さんが良く思わないのでは? 」
阿部は少し考えるように黙って酒を口に運んでいたが、
「新選組に戻ったのは谷先生から伊東先生っていうすごい人が入ってきたって聞いたからだよ 」
阿部の言う谷先生とは七番隊長である谷三十郎ではなくその弟、万太郎のことだろう。
江戸へ発つ少し前、その万太郎と阿部が土佐の脱藩浪士を捕縛するために大坂のぜんざい屋に討ち入ったという報告が幹部会議で上がっていた。
「伊東先生はすごいよ。博識さや指導力には舌を巻く。勤王の志を一晩語って聞かせてくれた時は震えたね。藤堂君もそう思うだろう?」
平助は額に滲んだ嫌な汗をぬぐって阿部に頷く。
「伊東先生のお志には私も感服しております。
それと先生は新選組をよりよい組織に改革するために毎日お心を砕かれています。
ですから私も先生を支えて…… 」
「でもあそこでは土方とうまくやらないと生き残れないからな…… 伊東先生もどうだか。
そういうとこ、前と全然変わってない。 やっぱり今度も辞めようかな…… 」
「切腹しよごたっと? 」富山が口をはさむ。
「……前より厳しくなったから今度辞めると言ったら、これ……か 」腹を切るそぶりをする。
「阿部さあ、切腹は痛かど 」
「阿部さん、せっかくこうして江戸まで砲術を学びに来てるのですから。
私たちは隊に戻ったら砲術の調練で中心となって努めなければならないのです……
それは伊東先生のご意見でもあります 」
「藤堂君……こんなとこに来てまでいい子でいなくてもいいだろ。
結局、屯所移転も西本願寺に決まってしまうし。
君だって土方に言いたいことは百や二百はあるだろ?
あの土方に睨まれて君も山南さんもよく続いていると思う…… 」
「私は別に…… 」
土方さんに睨まれてるのだとしても、それは土方さんの期待に応えられなかったせいだから。
でも山南さんは……大丈夫だろうか
気持ちの優しい山南さんはいつも俺のことを気にかけてくれる。
そして俺もこんなふうに山南さんと土方さんとの仲を心配してる……
伊東先生や山南さん、土方さんが隊の運営について言い争うのはそれぞれが新選組を大事に考えてのこと……
お互いが憎いからじゃない……はず
……伊東先生と土方さんの意見が衝突した時は自分が間を取り持たねばいけない。
自分の役目に何も不満など無い。
伊東先生のことも山南さんのことも……土方さんのことも好きでいるから、そうしたいのだ
「そんなことより免許を取ったら、鳥撃ちってのをやってみたいと思ってる。
藤堂君たちも一緒にどうだ?……そこらの鳥は全部、 土方だと思って 」
重くなった空気を変えるためか、酔いが回りすぎたのか、
阿部が平助に向かって銃を構える真似をし「バン!」と大きな声を出す。
手酌で飲んでいた富山が声をかける。
「阿部さあ……飲みすぎじゃなかと? 飲みすぎっと二軒目で役に立ちもはんぞ 」
「富山さんのおっしゃる通りですよ、お酒はもうよしましょう 」
平助が阿部の盃を取り上げようとする。
「おお!ついに藤堂君もやる気を出してくれたようだな! 」
阿部が平助の肩を掴んでゆっさゆっさと揺らし、富山がそれを見て「よかこつじゃ」ゲラゲラと笑っている。
「……何の話をされてるのですか……
阿部さん、過ぎるお酒はよくありません。もう帰りましょう。」
「待ってろよ、土方ぁ」と阿部が吠えれば、富山も「待ってなせ、吉原んおなご」と叫ぶ。
「……土方さんも吉原の女の人も今日は待ってませんから帰りましょう 」
宿舎に戻っても騒ぐ二人を無理やり部屋に押し込んで自室に戻る。
同室の塾生がまだ勉強しているので平助は頭を下げる。
「うるさくしてすみませんでした 」
すっかり疲れてしまったが平助も文机の上で書物を広げる。
先ほどの阿部の話が思い出されて集中できない。
芹沢先生のこと……動揺を見せてしまったのはまずかった。
山南さんと土方さん……どうすれば二人はまた以前のように話せるんだろう
やるせない気持ちを変えるために平助は買ったばかりの包みを取りだす。
猫への土産の簪を見ているとたまらなく猫に逢いたくなった。
……どうしている、君尾……
俺を想ってくれているなら
夢でいい
逢いに来てほしい……
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