激震編 11話 旅立ちⅠ 平助

 [1]

 朝早くから前川家は騒がしい。

道場のほうからは既に朝稽古も始まっているようで気合の入った声が響きわたり、庭では巡察前の点呼や前夜の引継ぎが行われている。


平助は黙ってそれを見ている。


特別でも何でもない、毎日繰り広げられるいつもの新選組の日常……


だが、今日江戸へ発つ平助にとってその見慣れたはずの光景がなんとなく胸に迫る。


つい先ほどまで別れを惜しむ永倉や原田、そして新田にもみくちゃにされたせいで寂しいような気持になったのかもしれない。



『ほら、これも魔除けくらいにはなるだろ。 持ってけ! 』

原田が平助の襟元に無理やり紙包みをいくつも押し込む。


「藤堂隊長ぉぉ~どうぞ、どうぞご無事で 」そう言って平助の腰に抱き着いて離れない新田を永倉が引きはがす。

「平助、 ほどほどに頑張れ……まあ、八番隊は全員まとめて俺が面倒見るから安心して行ってこい! 」


「……新八さん、左之助さん……新田さんも…… 」平助が口を開きかけるのを永倉が遮る。

「湿っぽいのは無しにしようぜ。別に最後の別れってわけじゃないんだから 」

「ええ、そうですね 」

「じゃ、俺たちは当番だからそろそろ行くわ 」永倉が新田を促して歩き出す。


原田が思い出したように、

「平助が戻ってくる頃には俺は所帯持ちだなぁ。

屯所移転の件ではずいぶんもめてるけど俺には関係ないな。

なぜかって? それは俺が所帯持ちになって新居に引っ越すからだ! ガハハハッ 」


もう何回も聞いている……左之助さんとおまさちゃんの祝言の日が『四月の初め』と正式に決まった


平助は笑顔で原田を見る


屯所移転についてはまだ伊東先生と土方さんで揉めている。

でも……それと左之助さんのことは関係ない。

屯所外に新居を構える左之助さんたちを快く祝いたいと思ってる


「……わかりました。戻ったらお祝いしましょう 」


「左之助が出て行ったら静かでいいよ 」永倉が原田をからかう


江戸で祝いの品を探そう

祝いの品……それから猫の簪

……そうだ、 山南さんに頼まれたお茶も

大切な人のために時間をかけて探したい……




きちんと旅支度をしたはずの平助は三人のせいですっかり乱れてしまった襟元から、原田が無造作に押し込んだ紙包みを取りだし着物の襟をきちんと整えなおす。


取りだした紙包みは全部で五つ。

一つ一つに大きく書かれた“石田散薬”という文字、 原田がこっそり土方の部屋からくすねてきたという。


纏めていた旅の荷をほどき一番上に丁寧に並べる。


石田散薬……土方さんの字だ


ただの文字が圧を放ってくるように感じ平助は裏向きに返そうとするが思い直したように手を止める。


苦笑しながらそのまま荷の風呂敷をしっかり結んだ。



 [2]


 「藤堂君…… 」


荷を纏めなおし江戸へ同行する阿部と富山を待っていると山南に声をかけられた。


「さっき声をかけようと思ったんだが永倉君たちがいただろ。あの三人はいつも元気だね 」

「そうですね…… 」


「藤堂君、まだ時間があるんだろう? 私の部屋に少し寄らないか。お茶を飲んでいくといい…… 」

そう言って優しい笑顔を見せる山南に平助も黙って頷く。



 相変わらず整然と整った山南の部屋。

山南の振るう茶筅の音は今日も平助の気持ちを落ち着かせる。


山南が無言で茶碗を平助の前に置いた。


「頂戴します 」手に取り左手の上に乗せ右手で二回ほど回す。


こうしてお茶をたしなむのは何度目だろう……


初めの頃こそ作法や味の苦さに戸惑った。が、今では難なく作法もこなせる。

山南に教わり自分で点てることもできるようになった。


飲み干した茶碗を畳にそっと戻し拝見していると山南の視線を感じ目を上げた。

「とても良い茶碗ですね…… 」


山南が顔をほころばす

「ああ……金継ぎだね。割れた器を修繕したんだ 」


渋い土色の茶碗に金の筋がいくつか流れるように入っている


割れてしまった茶碗……

割れた茶碗は元には戻らない、そう思っていた。

なのに……割れる前より美しさを増している。



幹部の会議以外の場では口をきくことが無くなってしまった山南さんと土方さん……


派手にふるまうことが多くなった近藤先生に冷ややかな視線を向ける永倉さん達


伊東先生にべったりの近藤先生は土方さんに対して素っ気ない態度をすることも多くなった


そして……土方さんに期待されなくなった俺……



こんなふうに……金継ぎの茶碗みたいに


人の仲も修復出来たらいいのに……


欠けた部分を漆で接着したあと金粉で装飾を施された茶碗、それは傷一つ無い時より味わい深く美しい


それなのに……どうして自分たちは……



 [3]

 

「そういえば藤堂君……昨夜は油小路通り付近で刺客に襲われたと聞いているが。斎藤君も一緒だったのだろう 」

平助が黙って物思いにふけっていたので山南が怪訝そうに見ている。


「……ええ。私が斬った江戸の辻斬りの仲間、のようでした。」


「江戸の?……そうだったのか、昨夜は誰も死人が出なかったと聞いて安心したよ 」


「山南さん……それは 」


「私は先日の伊東先生のご意見はすばらしいと思っている。

すばらしくても心の中で思っているだけでは意味がない。

それを臆せず発言し、皆を従えさせる伊東先生の手腕は尊敬に値する。」


平助は山南の言葉に頷く

「ええ。私も伊東先生のお役に立てるよう精一杯務めるつもりです。」


「そうなのだね……試衛館の生え抜き幹部である藤堂君が伊東先生の意向を率先して実行している。

それは他の隊士達の手本にもなろう。」



昨夜のことは……山南さんが思っているようなことと少し違う気がして俺は考える


なぜ致命傷に至らないようにしたんだろう

それは伊東先生のお達しに従ったのかもしれないし……

そうでないかもしれない……


いつも勝ち気な猫の不安そうに揺れる瞳を見たから?


京へ来て一番にしたのが『俺を付け狙うこと』だったような連中へ憐れみを感じた?


そういったいろいろなもの……


山南さんに言えるような明確な理由は無いのだろう


山南が平助を真っ直ぐに見る

「ただ……藤堂君は伊東先生と土方君の間に入って困ってることもあるのじゃないのかな…… 」


「私が……ですか 」


「考えすぎかな? 」


……山南さん


「私が不甲斐ないせいもあるのだろうね…… 土方君に自分の意見をきちんと通す力が無かった。

間に入った君にもずいぶん気を揉ませたことだろうと思う 」


山南さんは悪くありません、そう言おうとした。

……もちろん土方さんが全部悪いのでもない


そう思って一瞬言葉を飲む


少し目を和らげた山南が静かに話を続ける

「我々が京へ来たのは幕府に立てつく人間を斬るのが目的では無かったはずだ 。

私たちは去年の池田屋で大きな恨みを買った。憎しみというのは連鎖する。

私の…… 」言葉を切って自分の肩に目をやる

「怪我もそうだ。大坂で負ったこの怪我のせいで剣が以前のように振れなくなってしまった。

これも何かの因果なのだろうと最近は思っている 」


「そんなことを言い出したら山南さんより私のほうが人を斬っています…… 」


……言い返すような口調になってしまっただろうか


そんな俺に山南さんが首を振る

「藤堂君。自分のことをあまり責めてはいけない。

伊東先生と土方君のこともそうだ、君のせいのように考えるのはやめたほうがいい 」


「…… 」


「これから伊東先生が力を尽くしてくれる、大船に乗った気で気楽にいなさい 」


「はい……山南さんも 」



山南はそれには頷かず「そういえば…… 」と話題を変える。

脱走していた新入隊士が連れ戻され今日の昼に切腹することが決まったらしい。


脱走した隊士は平助が江戸で集めた者だった


ふらっと出かけてから戻らない、どうやら脱走したらしいと幹部会議で聞いていたが……

「私が江戸で面談をした際に不適格と判断していればこのようなことには……責任を感じています 」


「ほら、またそうやって自分を責める。藤堂君のせいではない、入隊してみて自分の居場所ではないと判断することもある。

君が悪かったのではなくそういう理由での離隊は認めない法度が悪いのだろうね 」


……それを決めたのは土方さんだ


「伊東先生もこの法度を疑問視されている 」


「はい…… 」


「いかんいかん、長話しすぎて悪かったね。 

阿部君たちが待っているだろう、気を付けて行ってきなさい。 」


「ごちそうさまでした……良いお茶をお土産に探してきますのでまた帰ってきたら一緒に。

明里さんの分も買ってきましょう 」


「いいね。藤堂君、楽しみにしているよ 」

山南の笑顔に見送られ平助は部屋を辞した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る