番外編 ちび平物語 Ⅰ 花屋の息子


 [1]

 

 一八六五年二月の末、平助は無事に砲術の免許を取得した。

教授方からは優秀な成績の平助にこのまま幕府の陸、海軍どちらかへの任官を強く勧められた。

塾生の中でもほんの一握りの者にしか声はかからないという願っても無い機会ではあったが、

平助は感謝の意とともに丁寧に辞退した。


早く京へ戻って新選組の役に立つ仕事をしたい

今後は西洋式調練を中心となって進めていく立場になる。今まで以上に責任は重くなるんだろう。

でも、そのために頑張ったのだから……

不祥事を起こしたのにもう一度、江戸へ行かせてくれた土方さんにも感謝しかない。


免許を取ったこと、土方さんも喜んでくれるといいな……


 阿部や富山、他の塾生達に見送られ晴れ晴れとした気持ちで宿舎を後にする。

阿部たちと酒を飲んだのはあの一夜限りだったがあの日以来、阿部が土方のことを悪く言うことは一切なかったのも平助を安心させた。



京へ帰る前に……


平助は短く切りそろえられた切り花を抱え、小さいが手入れの行き届いた墓の前に立っている。


相変わらずだな……


いつ訪れてもきちんと手入れされ新しい花が供えられた墓を見て苦笑してしまう。


俺の父親は母が亡くなって数年経った今もこうして墓の手入れをきちんと指示する人らしい。

毎月、墓の手入れ代としては多すぎる額が寺に届けられるという。


すでに新しい花が添えられていたが

自分が持ってきた切り花もそこに一緒に飾った。


小さいが趣味の良い花束は花屋で目についたものを適当に見繕って平助が自分で丁度良い大きさに切りそろえて見栄えよく作ったものだ。


試衛館に居候を始める少し前に流行り病で亡くなった母、菊乃の墓に手を合わせる。


「御無沙汰して申し訳ございませんでした。母上 」




 [2]


 母が切り揃えたたくさんの美しい花を次々とまとめて麻の紐でくるくると器用に縛り花の束にしていくのを見ているのが好きだった。

どの色の花を組み合わせたらよりきれいに見えるのか、母は良く知っている。

母の作った花の束は美しいと評判で良く売れた。

そして何より母自身が子供の俺の目から見てもとても美しい女性ひとだったのだ。


手先の器用な子供だった俺は母の見よう見まねで花の束を作ってみる。


少しでも母上の助けになりたい……


小さな手で一生懸命に花をまとめる幼い俺の姿に母は慈しむように微笑んでくれた。

が、その美しい顔をすぐにひきしめる

「平助さん…… 」

母は俺のことをいつもそう呼んだ。


「花を作るのはおやめなさい、いつも言っているでしょう 」


「でも母上……まだこんなにたくさん…… 」


大量の切り花を束にするのはいくら母が手慣れていても一人では大変な作業だったはずだ。

母のきれいなはずの手はいつも荒れていた。


それが母にひどく不釣り合いに見えたっけ……


「いいのですよ、平助さんは学問と剣術のお稽古だけしっかりしていればいいのですから。

あなたのお父上は…… 」


そのまま黙り込んで寂しげに微笑む母


母にそのような顔をさせてしまったことに平助はいけないことをした気持ちになって手にしていた花を戻した。


学問所も剣術の道場も実を言えばあまり好きではなかった。

本当は近所の子供たちと一緒に寺子屋に通ったり遊んだりするほうがずっと良かった

だけど……

また母に悲しい顔をさせると思って黙っていた



母と俺の生活はどちらかと言えばつましい方だったろう


「……母上は召し上がらないのですか? 」

月に数回くらいの割で、夕餉の膳に出ている美味そうな魚が母の膳には無いことがあった。


「半分こにしましょう 」そう言って皿を差し出すと母は笑顔で

「おなかがすいてないのですよ、平助さんが玄武館に通っている間におまんじゅうを食べてしまったのです。」


ご近所のみんなには内緒ですよ、そう言って人差し指を唇に当ていたずらっぽく笑ってた母。


生活はつましかったが俺の学問と剣術には旗本の子息かと思うほどのお金がかけられた。


そのころはまだ子供だったから知らなかったけど費用はすべて父親から出ていた。

幸い父親はそのくらいの責任感はある人だったみたいだ


実際、学問所も剣術道場の玄武館も旗本の子息が多く通っていた。

俺のように母一人子一人という家庭は珍しかったんだと思う。


学問所の子供たちの順列は父親の石高や身分で決まるようなところがある。

父の名も知らない俺はそれが理由で物を隠されたりいじめのようなことをされることも多かったから。



学問所に通うのは嫌でたまらなかったんですよ、母上



「平助は花屋の息子」そう言って一番格の上の子供が囃してたてると他の子供たちも手を叩いて「花屋、花屋」と囃し立てる。


「平助さん、いつお迎えがあるかもしれません。一生懸命お勉強して立派なお侍にならなければいけません 」

母がいつもそう言っていた……だから我慢して通い続けた


それでもどうしても行きたくない日は通うふりをしてこっそり戻る。

そして特別な草木や花を育てる室の中に隠れていた。


これは……母子草?

この草を干したものが喉の腫れや咳によく利く。


風邪をひいて咳が出ると母上がいつも煎じてくれた薬はここで作ってくれていたんだ


そう思って学問所をさぼったことを反省し時間を忘れて泣いていると

「平助さん! 」


「母上…… 」


叱られる、そう思った俺を母は抱きしめて泣いていた。

「学問所から帰ってくるのが遅いのでお迎えに行ったら休んでると聞いて心配して探したのですよ!

こんなとこに……平助さん、無事でよかった 」


「ごめんなさい…… 」俺も泣きながら謝った。


「平助さん、侍の子がいつまでも泣いていてはいけません。今日はね、いいお魚が買えたのです。平助さんの好きなお煮つけにしましょうね 」


そう言った母は俺よりずっと泣いていた……



母を泣かした


その日から俺は心を入れ替えたんだ……


それまでいやいや通っていた学問所も剣術の稽古も人一倍打ち込んだ。

特に剣術にはすっかり魅了され手の豆が潰れても竹刀を振るのを止めなかった。


学問も剣術も一番を取るようになるまで、そう時間はかからなかったと思う。


だんだんといじめられることが無くなって、仲の良い友達も増えた。



それと同時に……


小さい頃は信じていた父親のお迎えなどもう無いのだということもわかりはじめていた。


俺の父親は……


母の墓はいつもきれいに掃除されている。草むしりもなにもする必要が無い。

柄杓ですくった水をかけながら俺は父と母のことを考える。










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