御陵衛士編 4話 月真院の朝

 月真院の朝は早い。

兄と初めてここの門をくぐった時はまだうっすらと雪が残り寒椿の赤が鮮やかだった庭には、小さな黄色い蕾がちらほらと目につくようになり梅の木は花をつけ始めていた。

名都はこの庭に立って八坂の塔を見るのが好きだった。


本堂から僧侶たちの読経が聞こえる他は静かな朝、夏になれば読経に蝉の鳴き声が加わりずいぶんにぎやかになるらしい。


名都は庭の掃除を手際よく済ませると竈に火をくべ朝餉の粥を作る。

僧侶たちは朝はいつも粥と漬物といった簡単な食事を取るので名都も同じ質素な食事をしている。


住職の高庵こうあん和尚は名都にゆっくり過ごしてくれてかまわないといつも言ってくれていたが衣食住の世話になってるだけでもありがたい。

だらだら遊んでいては申し訳ない気持ちになる。

せめて、と名都は誰より早く起きると、井戸の水をせっせと汲んで一番にお堂の掃除を始める。

まだ雪の残る寒い頃はさすがにつらかったが、春になり梅も咲いた今ではすっかり慣れてしまい体を動かすのが楽しい。


名都も僧侶たちと一緒に食事をいただく。

島原にいたころは皆が朝寝していることが多く昼前にやっと起きるという生活を送っていたせいですべてが新鮮に感じられる。


食事を終えると後片付けを済ませ、手早く一人前の味噌汁を作る。


島原におった頃はお味噌汁すら、よう作らんかったのに……名都はくすっと笑う


おまさちゃんに教えてもらった芋煮


あれだけ、一生懸命覚えたなぁ


また……作ってあげたい、そう思ったから


美味しいって言って微笑んでくれたあの人の笑顔、うれしくて……大好きで


そう思ったから……一生懸命、覚えたん


……もう過ぎたこと


粥と漬物、そして味噌汁をお盆に乗せ離れへ向かう。


離れには名都のように滞在している客人のような男が一人


……どういうお人なんやろか


一度、高庵和尚に尋ねたことがある。

「あの離れのお方はどういう方なんどすか…… 」


「ああ、野々村先生のことどすか…… 」高庵は笑って「野々村栄明ののむらえいめい先生言いましてなぁ、ずいぶん腕のいい金創のお医師さんや。 元はお公家はんどしたんやけどずいぶん変わったお人や 」


「金創いうたら……刀傷の治療を?…… 」


「今は攘夷やら倒幕やら物騒になりましたさかい金創の先生も忙しいみたいどすな。あんまり人にはよう言われんような人も治療に来る言うから名都さんもあんまりあっちへは行かんほうがよろし 」


兄の薬を出してくれる医師はとても愛想がいい。医師とはそういうもんなのだと思っていた。 

野々村は無愛想で食事を運んでも挨拶もろくにしない。

いつも薬研を引いている。

その姿を見ると、ほんまにお医師様やったのかと思える



「……あ! 」足を止め、ぼんやり考えこんでいた。


あかん、お味噌汁冷めてしまうやない……


名都は慌てて離れへと向かった。



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