御陵衛士編 6話 がむしんⅡ 狐雨

[1]

 

 翌日……沖田は山南さんと二人、壬生の屯所へ戻ってきた。


沖田一人で帰ってくることに一縷の望みを託していたが……


伊東さんと打ち合わせた再度の脱走計画を進めるしかない。

そして……

それがうまくいったら伊東さんの派閥に入る約束だ……

別にそれでかまわないからどうか作戦が上手くいくことを願う。


……いや、必ず成功させる


悲痛な覚悟を秘めて沖田たちを迎えたが、意外なことに土方が昨日以上にやつれた顔をしている。


それとは反対に山南さんの顔はすがすがしい……

「永倉君、面倒をかけてすまなかったね 」そう言って笑顔で通り過ぎていく。


前川さんの屋敷の一部屋で処分を待つという。


伊東さんと二人でこっそり見つからないように山南さんの部屋に向かう。

「山南君、私だ。伊東です。」


「伊東先生…… 」閉じられた襖の向こうから山南さんの声がした


「すぐここを出て。永倉君が送りますので私の知り合いの薩摩の関係者のところでしばらく身を隠してください。落ち着いたら江戸でもどこでも逃げる手配をしよう」


「山南さん、早く。もう一度脱走してくれ 」


返事はない。


「頼むよ、山南さん 」


「開けますよ、山南君…… 」伊東さんが襖に手をかける。


「開けないでください 」静かだが凛とした覚悟を感じさせる声に俺も伊東さんも息を飲む


「……あとのことは俺と伊東さんでうまくやるから!とにかく今はここから逃げることが先だ、山南さん…… 」


早くしないと土方に見つかってしまう……気持ちだけが焦る。



「山南君、再起の日を別の場所で待ってほしい。必ず新選組を変えて君の場所を作って迎えたいと思っている。土方君の好きにはさせない 」


「……伊東先生、それなら尚更私はここに残ります。」


「意地張ってる場合じゃないだろ?山南さん、開けるぞ 」


「永倉君、開けたら今すぐ腹を斬るよ……私は新選組から逃げたんだ。

こうなってわかったんだが……

新選組を立ち上げてから初めて自分の意志で動いた気がしている。 」

尖っていた山南の声がふっと優しくなる。

「永倉君……試衛館から今まで本当にありがとう。

伊東先生もありがとうございました。さあ、二人とも見つからないうちに行ってください 」


「……俺は嫌だよ!あきらめるなよ、山南さん…… 」


「永倉君……行こう 」伊東が首を振る。

「立派ですよ……山南君 」そう言うと目頭を押さえながら立ち上がった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


その夜のうちに幹部たちが集められた。

沖田だけが咳と熱がひどく部屋で休んでいる……


近藤さんの口から脱走の罪により山南敬助、切腹申しつける旨が決まったことが告げられた。

介錯は山南さんたっての希望で沖田にという。

「が……沖田君は体調が悪い。明日も起きれなかったらその時は永倉君……」


「俺はごめんだ……たまにはあんたがやったらどうだ 」間髪入れずに答える。


たまらずといった様子で源さんが涙を見せると他の幹部達も鼻をすする。


山南さんは閑職に追いやられたが人望はあった……改めてそう思った


だいたい近藤さん自身が泣きそうな顔をしている、さっきの自分の発言を少し反省した……


土方が……目のクマをさらに濃くした難しい顔で「斎藤、沖田が無理そうなら頼む 」

「……承知 」斎藤が短く答える。


そんな様子を俺は別の世界のように見ていた


なんで、こんなことになったんだろうな……


会議が終わると斎藤が近づいてきた。

「永倉さん…… 」


「……なに?」正直、今は誰とも話したくない


「島原に…… 」




[2]


 夜が明けてから俺は島原に走った。


 昨日、斎藤に聞いた。

山南さんが島原に馴染みの芸妓がいたことを。

土方とのやり取りで疲れ切った山南さんを癒したのがその芸妓だという。

山南さんはその芸妓にかなり惚れこんでいたのだと。


「店は知らないが……明里というらしい。藤堂から聞いた 」


 島原の大門を転げるようにくぐると亀屋に向かう。

店の者を叩き起こして小常を呼ぶ。


「なんやの?新さん……こんな早ようから 」呆れた顔をする小常


「時間が無い、明里っていう芸妓を知らないか?」

「明里?知らんけど。そのがどないしたん? 」まだ眠そうな小常の手を掴んで急かす。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



小常と手分けして店を当たり数軒目に小常が見つけた店に無理やり頼み込み、一室で明里と対面する。


派手さは無いが落ち着いた聡明そうな瞳

山南さんが好みそうだな……


事情を話すと驚いてはいたが取り乱すようなことは無い。

静かに受け入れようと必死で心の内で戦っているのだろう。


だが時間が無い……


「明里さん、どうか山南さんに会いにいってもらえませんか 」


「……山南先生はうちにはなんも言うてくれまへんどした。

一人で遠くへ行こうとしはったんどす。

そばにいても何も気ぃついてあげられんかったんどす。

そんなうちが会いに行っても先生は惨めな気持ちになりはるだけや思います 」


「ああ…… 」俺はじれったくなり唸る


「人生最後に惚れた女の顔が見たくない男なんかいるか! 俺だって明日死ぬなら小常を抱いてから死にたいからな!ほんとに惚れてたらそういうもんだろ!」


そう……最後なんだ


自分で言った言葉が重くのしかかる


逡巡していた明里が顔をあげる、涙で目を潤ませ「山南先生に逢わせてください……逢わせて 」


「行こう!」


壬生まで走るが明里が足をもつれさせ何度も転びそうになる。

それを励まし励ましして走っていたが、間にあわない。


しやがんで背中を見せる

「明里さん、俺が負ぶって走るから!早く!」


また躊躇する明里を無理やり負ぶうと走る。


ようやく壬生の前川家が見えてくる。

伊東さんと毛内さんがこちらに走ってくる。

「永倉君、でかけたきり戻らないから心配していた…… 」


壬生までかけ通しだったせいもあり、息が上がったまま前川家の張り出した格子出窓の前でしゃがみ込みように明里を下ろす。

「こ……ここ…… 」息をきらしながら窓を指さす。


この窓のある一室で山南さんが切腹までの時間を過ごしている。


格子窓にすがりつくと「山南せんせ……」明里が泣きながら呼びかける


内側から窓が開けられる……「明里……どうして…… 」


格子から手を伸ばしお互いの手を握りしめる。


……!

雨?……


空は晴れているのに細い雨がぽつぽつと頭や地面を濡らす。


「……狐の嫁入りか…… 」伊東さんが空を見上げて独り言のように呟いた。

その横で山南さんと親しかった毛内さんがそっと涙を拭う。


抱きしめあうこともならず、涙を流しながらただ手を握り合うしかできない恋人たち……


その時間さえもういくらも残されていない


狐の嫁入り……


明里さんは嫁入りしたんだな……


この世では絶対添うことができぬやまなみさんに……



落ちてくる細い雨が針のように痛くて……俺は黙ってその場を離れた……



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 山南さんの切腹のあとに伊東さんの派閥へ移る話は断った。

山南さんを逃がすというのが条件だったのだから……


伊東さんは残念そうで考え直すよう何度も言う。

「今回のことでやはり君は試衛館派の中でも違うとわかった、私の下ならもっと君の力を発揮できるはずだ 」


「伊東さん、明里さんのこと知ってたんですよね? 」

あとになって冷静に考えたら、伊東さんに連れられて山南さんも平助もよく一緒に島原に行っていた。

明里さんのこと、伊東さんも知っていたはずだ。

最初から伊東さんに確認していればよかったのだ。


「あの時は慌てていてそこまで気が回らなくて。勢いで島原に走るような馬鹿なんですよ、俺は……だから役には立ちませんよ」



左之助……やっぱり、だったわ


俺は薄く笑った……




そして……


平助が江戸から帰ってきた……


平助が帰ってきたら嘆き悲しむだろうことは分かっていた


だけど平助……

辛いのはお前だけじゃない


みなが痛みを抱えた……


意外だったけど土方さん、あんたも……


山南さんのことを知った平助に相当激しく糾弾されたのだろう。

ますますクマがひどくなった土方の顔を思い出しながら、俺は巡察前の点呼を終える。


「二番隊、出動! 」

大きな声で号令すると隊士達にピリッとした緊張感が走る。


山南さんの形見のはずの痛みを胸の奥へ仕舞い、俺は巡察に出た……




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