御陵衛士編 12話 幹部たち

[1]


 甲子太郎、三樹三郎兄弟が母親の病気見舞いを理由に慌ただしく江戸へと発った。

その夜、土方の招集で幹部会が開かれる。


「伊東先生が留守の間に開かれる幹部会で隙を見せるな 」

そう篠原からきつく言われている。


平助は居並ぶ幹部達を観察していた。


三樹三郎が不在の九番隊の指揮を誰が執るか


土方が幹部達を一通り見回した後、斎藤に目をやる

「斎藤……頼めるか 」


「待ってください 」


「なんだ? 」土方がむっとした顔を平助に向ける


「私が…… 」平助は土方の目を見据える

「鈴木先生の不在の間は私が九番隊を指揮いたします。」


「藤堂君、それを判断するのは副長助勤の仕事ではない。 発言を控えてもらおう 」

近藤が苦い顔をする。


平助は正座したまま前ににじり出ると近藤、土方の正面を向く。

「私が九番隊を指揮することについては伊東先生の許可をいただいております。」


どれだけ土方に睨まれても引くつもりはない

以前の俺ならあの人の眼の圧に耐えかねて目を逸らし黙ってしまっていただろう

でも、今は違う



「そういうことですので……土方副長 、よろしいでしょうか 」

そう言いながら、ちらっと一瞬だけ近藤に視線をやったが土方へ目を戻す。


結局……新選組は土方次第なのだ


逆に言えば……平助は思う


この人の了承さえ取れれば……だいだいのことはまかり通る


伊東先生はそれに危惧を抱いて改めていこうとしている。

こちらの人数を増やしていくことで、この人の発言力を弱めようと考えている


そうと分かっているが……


平助は土方へ少し笑みを見せた


利用できるなら利用すればいい


「それと……土方副長。伊東先生がご不在の間、文学講義と勉強会についてですが 」


武田観龍斎が手をあげる

「藤堂君、それは私が…… 」


「その通りだ、その件については武田君へ一任したい 」近藤が武田へ頷く


俺はわざとらしくため息をついて「近藤先生は、ああ仰ってますが……それでよいのですか? 土方副長 」




 [2]



「何が言いたい?藤堂 」


「いえ……別に深い意味はありません 」


誰だって知っている、あなたが武田先生のことを嫌っていることを……伊東先生や山南さんのように


相変わらず笑みを浮かべてる俺に土方がイライラしている


「ただ……その件についても、伊東先生が不在となる間のことですので。

こちらで代理を立てるのが筋かと思います。毛内さんがすべて取り仕切りますので 」

そう言って武田にも笑顔を向ける

「武田先生もお忙しいでしょうから。ご案じなさいませんように 」


「……こちら、か 」土方が鼻で笑ってそのまま黙り込む


谷三十郎が「藤堂君、度が過ぎるぞ。近藤先生の前だ、もう少し控えた方がいい」


もちろん不満げな武田先生や土方を見兼ねて助け舟を出したわけではない


谷の末の弟が近藤の養子に迎えられた


…そのために近藤先生への愛想の振りまきは半端ではなかったことを隊内でよく思ってない人も多い


今回の発言も近藤先生への忖度だろう


そんな谷さんへも愛想笑いを向ける

「谷先生、失礼いたしました。 しかし…… 」

俺がなおも言いつのろうとした時、


「平助…… 」そう言いながら永倉が「よっこいしょ 」と胡坐を組みなおす。


「……なんでしょう 」


「伊東先生のお母上が病なんだって?取るものも取らず江戸に帰ったって聞いてるけど 」


「ええ、そうですが。それが何か?…… 」


「ずいぶんしっかり打ち合わせができているようだなと思って。さすが伊東先生 」


俺は心の中で舌を打つ。


ここで……


まさか永倉さんが口を挟んでくるとは思っていなかった

あの土方ですら黙り込んでいるのに……

余計なことを……俺は今夜の幹部会が始まってから初めて目を伏せる



「会議の問答集でもつくってもらったのかな 」永倉の口調がおどける


「……どういう意味でしょうか 」俺は冷静を装って尋ねた。



「平助、ずいぶんおしゃべりが上手くなったみたいだけど。

伊東先生は永倉『俺』に何か言われた時の返事までは教えてくれなかったんだな。

忘れられて残念だったって先生に伝えといて 」


思わず立ち上がる

「……伊東先生は隊のことを心配されてるのですよ 」


「だろうな…… 」永倉は首を少し傾げて考える

……山南さんを再度脱走させようと計画したあの時、すぐにいろいろな手はずを整えた伊東なのだから。

このくらいのことを出立の慌ただしさの中で平助に指示することなど造作もないだろう。


源さんがとことこやってきて肩を叩く「平助、座りなさい 」


源さんに頭を下げて座り「土方副長、時間がもったいないですから会議を進めてください…… 」


永倉さんのことは無視しておけばいい

今回は土方が了承さえすればいい、いつものように


そう思うのに永倉さんはしつこい


「俺たちに言いたいことがあるんだろ? この際、はっきり言えよ。

江戸から戻って来てからずっと毎日辛そうな顔ばっかりして。

そうしていたら俺たちがあいつは腹でも痛いじゃないのかって心配してくれるとでも?

いつまで甘えてんだよ、お前は 」


原田が永倉の袖を引っ張る「よせよ、新八……平助も 」


「……とりあえず。 その平助、平助とまるで犬っころでも呼ぶようなのはやめてもらえますか。

まずはそれから改めていただきたい、ずっと嫌だったんですよ 」


「あ?」原田に火が付いたのを逆に永倉が抑える


「呼び方はなんだっていいよ。じゃあ、藤堂、くんは何が気に入らないか教えてくれる?」


「表へ出ますか?永倉さん 」 「は? いいね、それは伊東先生の考え?藤堂君の考え? 」


「永倉、藤堂 」

土方の声が響き渡る。

「いい加減にしろ! 私事の争いは厳禁だ……

自分たちの抜けた穴を自分たちで埋めると言うならそうしてもらおう、皆も忙しいのだからちょうどいい。

ただし……藤堂。

西洋調練に支障を来たしたり、巡察で下手を打ったりすることは許されないからそのつもりでいろ。」



俺は永倉さんへ見せた怒りはすでに消して、笑顔で答える

「まさか、そのようなことは……

早く副長に信用していただけるよう結果を出します 」




 [3]


その後、西洋調練と隊務に関する伝達事項が報告されて会議が終わった


目に見えて悲嘆にくれる武田を松原や谷といった幹部たちが慰めているのを視線の端に捕らえながら平助は一番に部屋を出た。



……伊東先生不在の間の主導権を奪われないように話をすすめることができた


これでいい……これで


静かな廊下に咳の音が聞こえる。


会議の様子を篠原に報告する為に廊下を急いでいた平助はふと足を止めた。

少し先に沖田の私室がある。咳はその部屋からだろう


沖田さん……今日も会議を欠席していた


そんなに体調が悪いのだろうか


子供の頃……俺が風邪をひいて咳が止まらないと母親がいつもハハコグサを煎じてくれた

それを飲むと咳はずっと軽くなってよく眠れたっけ


昼に巡察に出た時に通りかかった花屋でハハコグサが売っていた……


明日……巡察が終わったら行ってみようか



いや……忙しい


そんな時間は無い


それに……そんなもので良くなるような咳でないことくらいわかっているじゃないか


月が照らす廊下にぼんやり映る自分の影を見つめながら平助は沖田の部屋の前を通り過ぎた。














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