御陵衛士編 2話 春待つ壬生Ⅰ 帰京
[1]
ー 元治二年(一八六五年)三月 ー
江戸を発った平助は京への道を急いでいた。
町飛脚なら三、四日。 もし早駕籠を使ってもそのくらいかかる道のりを休む間も惜しんでひたすら歩く。
君尾に『飛脚のように早く帰って来い』とせがまれたから、ばかりではない。
二度目の江戸行きでやっと手にすることのできた砲術免許……
背負った荷物の中に大切にしまっている免許状が誇らしい気持ちにしてくれる。
誇れるものがひとつでも手に入るとこんなにも気持ちが上がる。
今度こそ土方さんは褒めてくれるだろうか……
そして、ふと思う
これだと伊東先生より、土方さんに喜んでもらいたいと思ってるみたいだ
どうして?……
こんなことを真剣に考える自分が馬鹿みたいで思わず笑ってしまう。
それより……
京へ帰ったらやることがたくさん待っている。
砲術調練を今よりもっと最新で精度の高いものにしたいと思っている。
そのために新しい銃器を揃える算段も自分が中心となって交渉しなければいけないだろう。
会津様にかけあって新式の大砲もせめて一門は欲しい。
砲術調練以外に通常の巡察にも出なければいけないから今まで以上に忙しくなる。
だから……山南さん
平助は京を発つ朝、二人でお茶を飲んだ時の山南の顔を思い出していた。
荷物の中には勉強の好きな山南の土産にと買い求めた砲術に関する書物もある。
怪我の後遺症で剣を取ることを控えている山南、砲術なら剣術より肩への負担も少ない。
一緒に砲術の調練に携わってもらえたら、こんなに心強いことは無い。
もちろん……
頼まれた良いお茶も忘れずに買いましたよ……山南さん。
控えめで優しげな雰囲気の明里さんは山南さんにとてもお似合いですね。
二人でお茶を楽しんでください……
ああ、でも私ともたまにはお茶を一緒に飲んでくださいね
明里の話をするときの山南の照れたような顔を思い出し平助はクスっと小さく笑みを浮かべた。
こうして普通よりかなり早く大津宿まで帰ってきた。
大津までくれば京はもうすぐそこだ。
江戸を出たころはまだ寒かったが少しづつ日差しも暖かくなってきている。
街道沿いの桜こそまだ早かったが梅は固い蕾をつけ始めている。
……もう、春はすぐそこなんだ
[2]
冬野菜の壬生菜は三月初めに収穫が終わる。
そのほとんどは長く保存がきくように漬物にされる。
収穫がひと段落着いた壬生村は静かだろうと思っていた平助の予想を裏切り、八木家と前川家のあたりは騒々しい。
騒いでいるのは新選組隊士たちなのだろうということはすぐわかった。
大きな荷物を抱えた隊士達がうろうろと八木家と前川家を出たり入ったりしている。
そして坊城通りを塞ぐようにいくつも置かれた荷車。
荷物がいっぱいになった車からどんどん出発していくが、入れ替わるように空の荷車が戻ってくる。
皆が忙しそうにしている様子に声をかけそびれた平助はちょうど前川家の門を出てきた新田を見つけた。
「新田さん…… 」
「……あ 」
新田が両手いっぱい抱えた荷物を落とす。
「おい、こら! 新田ぁ、気をつけろよ! 」
荷物を落とした新田を別の隊士がどやしつけたが、ハッと平助に気づく。
「あ……藤堂……せん、せい…… 」
「あの……あ、あの…… 」新田が平助から目を逸らしながら「ずいぶん早いお戻りでしたね。お疲れさまでした。知らせていただければ大津あたりまでお迎えに上がりましたのに…… 」
そわそわと落ち着きのない新田、他の隊士達も平助に気づいたようで軽く頭を下げると忙しそうにその場を離れる。
「新田さん、これはどうしたのですか…… もしかしてもう西本願寺へ?移転は四月のはずでは? 」
「あ……はい……それが……土方副長が予定を早めまして。急なことで私たちも慌てて荷造りを…… 」
「……そうだったんですか 」
四月の移転を、なぜわざわざ早めたのだろう……
伊東先生も山南さんも移転に強く反対したし、俺も……
そういった反対意見はことごとく土方さんに却下された。
伊東先生もしぶしぶではあったけど西本願寺移転を飲んだというのに。
今更、早める必要があったのか?
腑に落ちない顔でいる平助に「藤堂隊長はゆっくり休んでてください 」
そこへ「新田、早くしないと間にあわない…… 」と言って近づいてきた本間も平助に気づいたようだ。
本間と新田が気まずげに顔を見合わせている。
あれだけ移転を反対していた伊東先生や山南さん。
もしかしたら急に移転の時期を早めるという土方さんの勝手さに気分を害してまた揉めたのかも……
弾んだような気持が急に鉛でも飲んだように重くなる。
「……伊東先生や山南さんと話してきます。 お二人はまだこちらに? 」
前川家の門をくぐろうとして、真剣な顔をした新田に袖をつかまれた。
「藤堂隊長、その前にお話があります。 」
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