激震編 7話 土方の孤独Ⅰ 沖田が拾った子犬
[1]
少しだけ開いた障子の隙間から器用に折りたたんだ紙が次々と縁側に向かって飛んでいく。
「総司……風に当たると咳が出るんだろ? 」無愛想な声の土方がめんどくさげに立ち上がると障子を閉める。そのついでに沖田が折りたたみかけていた紙をひったくる。
沖田はお気に入りのおもちゃを取り上げられすねた子供のような顔で、まだまだ畳の上に散らばっている紙を拾い上げた。
「それにしても……よくまあ、こんなに探してきましたよね? 西本願寺以外の屯所移転候補地。
そこまで嫌なんだ、西本願寺へ行くのが…… 」そう言っておもしろそうに笑う。
土方はため息をつく
「お前は……すねたかと思えば笑ったり。忙しいやつだな 」
沖田から取り上げた紙を丸めてくず入れに投げる。
沖田が外に飛ばしていた紙は伊東や山南、そして平助が屯所の候補地として検討してほしいと土方に陳情してきたものだった。
紙が散らばる部屋を眺める沖田が想像する。
はじめは文机にきちんと積まれていた書類……おそらく山崎さんあたりがきちんと揃えたんだろう。
いやいやながらも土方が陳情書を一枚ずつ確認して「却」の文字を書いていたが途中で我慢ならなくなって部屋中にまき散らした。
そんなとこだろう……土方さんらしいや
「……皆さん、今頃盛り上がってるのかなあ?」
伊東が近藤や山南に声をかけ、他に自分の取り巻きを二、三人連れて祇園へ繰り出したのは半刻ほど前のことだった。
「土方さん、また誘ってもらえなかったんですね…… 」沖田が気の毒そうに土方を見た。
「俺は誘ってもらえないから行けないんじゃなくて、誘われても行かないんだよ……
そんなことより庭にゴミを散らかすなよ。 またうるさいやつらが騒ぐからな。」
「土方さん……ごみはひどいですよ。 こんなに一生懸命なのに……
うるさい人たちって今、祇園へ行ってる人のことですか 」
「お前が一番うるさい 」
「……ねぇ……土方さん 」
「うるせえな……今、いい句が浮かびそうなんだ 」土方がぶつぶつ呟いている。
「……また、斬っちゃいます? 」沖田が静かな笑みを見せた。
土方が息をゆっくり吐きながら「恐ろしいやつだな…… 笑いながらそういうことを言う 」
「私は近藤先生が『大名気取り』だとか馬鹿にされるのも、土方さんが嫌われるのも……これは自業自得で仕方ないとはいえ、それでも嫌なんですよ…… 」
土方は紙を一枚拾ってそれに目を落としながら「総司…… 」
「さっきみたいなことは気安く口にするな。 子犬が血相変えて乗り込んでくるぞ 」と苦笑している。
沖田が畳を土方のほうへ転がって土方が手に持つ紙を一緒に見る。
「ああ…… 」納得した声を出す。
「確かに真面目だからなあ……字まで真面目だ 」
フフッと笑う沖田に土方が苦虫を嚙んだような顔をする。
「おい……念のために言っておくが。 子犬を斬ったりしようとするなよ 」
土方の疑うような視線に沖田は目を伏せた。
「鬼副長の土方さんに『鬼』でも見るみたいな目で見られるのは心外ですよ……子犬のことは私だってかわいいですよ。 だいだい拾ったのは私ですし……
だから……早めにこっちへ取り返しましょうって話ですよ 」
沖田が伏せていた目を上げる、その氷のような瞳で土方を見つめる。
「それは……あいつが自分で決めることだ 」
沖田は目を和らげた
「そういう言い方するから冷たい人だって思われるんですよ。
はっきり『こっちにいろ』って言ってあげたらいいじゃないですか、平助さんにも……山南さんにも 」
土方は紙を丸めると沖田に向かって投げつけた。
「ちょっと! 」沖田が座布団で避けるが手あたり次第に紙を丸めて投げつける。
「西本願寺を放置していたらあそこを拠点にまた長州の連中が京へ潜伏するに決まっている。
池田屋のときみたいに京に火を放つ計画もまた持ち上がるかもしれない。
……西本願寺への移転は絶対譲らない。
それが気に入らないなら仕方ない 」
「私は、私は嫌なんですよっ! 」
急に大きな声をだしたせいか沖田が激しく咳き込む
「総司……人のことより自分の身体を気遣えよ…… 」
「そんなこと……わかってます。
でも他人の心配も出来なくなってからあの時ああしていたらよかったって後悔はしたくないんです。 」
咳がなかなか止まらない沖田の背中が震える
土方は黙ってさすりつづけていた……
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