激震編 8話 土方の孤独Ⅱ 歳三と勝太

★ごあいさつ★


 いつもご閲覧、ありがとうございます。


以前、参加してみたい自主企画『それは白馬に乗ってやってきた』というのがありました。

おもしろそうだな、『月の夜雨の朝』のキャラクターで参加したいなと思いつつ準備が間に合わず終わってしまいました。


今回の『月の夜 雨の朝 新選組藤堂平助恋物語』

そのテーマを少し意識した作品、こんな感じの内容で参加したかったなぁという内容になっています。

よろしくお願いいたします。


白馬に乗ってやってきません……行ってしまいました……(´;ω;`)ウッ…



 [1]

 

 それは白馬に乗って行ってしまった。


見送る隊士たちが左右に道を開ける。


堂々と、しかしうれしさを隠しきれない近藤を乗せた美しい白馬。

手入れの行き届いた長く艶のある尻尾を揺らしながら前川家の門を出てゆったりと気品よく歩いていく。

そのあとを護衛の隊士の行列が続く。


白馬の名は『白雷号はくらいごう

会津様から下賜された名馬で近藤のかわいがりようは普通ではなく、白雷号のためだけの新しい馬番まで雇い入れた。 

隊士たちは馬を『白雷様』と呼びはじめ、そのうち屯所の移転も白雷様の新厩舎のためだと真しやかに囁かれる。

さらには白雷様は自分たちより良い食事をしているらしいと噂しあう始末。


近藤はまったく気にする様子もなく二条城や会津藩本陣のある黒谷へ出掛ける際はこうして白雷様に乗り、お供を引き連れて行くのだ。



向かいの八木家に急用があって朝早くから出かけていた土方はちょうど戻って来たところを白馬の行列に遭遇してしまった。

行列を見送る隊士の中に原田や永倉がいるのを見つけ、声をかけようとして足を止める。


「……すげえよなぁ、近藤さんも。 箔と自信がつくと人間えらく変われるもんなんだな 」

日頃から言動に気を使わない原田が、いつもどおりの大声で永倉と話している。


「左之助、声が大きい……それにしても手が空いている幹部は毎度見送りに出ないといけないってのはいつまで続けるつもりなんだろうな…… 」永倉が肩をすくめる。


「だけど、あれだな……伊東さんのとこの連中が見送りに出てきたことは一度も無いよな? あっちの連中はいいのかよ? 」

「……平助が出てる」

永倉が向かい側に立っている平助を目で指す。


「平助って……あいつはあっちじゃなくてこっちだろ」

原田が不満そうに平助の方を見やった。


原田、永倉二人のやり取りを耳にしながら土方は白馬に揺られ小さくなっていく近藤の背を見送る。


……かつて「かっちゃん」と呼び、肩を叩いて笑いあえる距離にいた親友は少し手を伸ばしたくらいでは届かない人になっていた。




 [2]


 出稽古の後、多摩の河原でかっちゃんと茶屋で買った団子を広げる。とは言っても俺は甘いものはあまり好まない。

河原に寝ころがり空を見ながら、もっぱら実家から持ってきた沢庵をバリバリと齧っている。


かっちゃんの山のような団子を見て「かっちゃん。それ、一人で食う量じゃねえだろ 」


「出稽古の後の楽しみなんだからいいだろ? とし、おまえこそ沢庵ばっかり齧ってると顔が黄色になってしまうぞ 」

「は? ならねえよ……ったく、かっちゃんもいい年して団子だけが楽しみってガキかよ 」


かっちゃんが心外そうな顔をする

「楽しみなら他にもあるぞ! 惣次郎(沖田の幼名)の剣の上達ぶりとか、お前の我流がうちで稽古して少しづつ良くなってきたこととか、他にも源さんとこの犬がもうすぐ子を産む…… 」


「ああ、もういいよ。 夢がねえな、かっちゃんは 」面白くない気持ちで二本目の沢庵に齧りついた。


「夢? そういう歳はなんかあるのか? 」



「…… 」沢庵を齧る音だけが響く。



「おい、 歳? 」


「俺はあるよ…… 」





 [3]


「俺は武士になる。 」


「……歳、俺だって講武所で師範の口が決まるような家柄の侍になりたかったさ…… 」


泣き言のように言うかっちゃんに少し苛立ちながら

「なりたいんじゃねえ…… 俺は武士になるって決めてるんだよ 」


「……どうやって?」


「わからん。 考え中だ…… 」


かっちゃんが笑いだしたので腹が立った俺は食いかけの沢庵を川に投げ、勢いをつけて立ち上がった。

「かっちゃん。 今、世間じゃそこら中で攘夷志士とかいうのが幅を利かせてるっていうじゃねえか 」


かっちゃんが驚いた顔で俺を見上げる

「お前、攘夷志士にでもなる気か? 」


「……京に行けば俺だって明日からでも攘夷志士ってやつだよ 」


鼻息を荒くする俺に近藤があきれた声で「京なんか簡単に行けるものではないぞ 」


「かっちゃん……夢の無い話をするなよ。 つまらねえ 」

現実的な算段などまだ何も考えてなかった俺はしゅんとした顔でもう一度草の上に転がった。


「そうしょげるな……それなら歳、京へ行ったら何がしたい? 」

しょげた俺に気を使ったのかかっちゃんが明るい声を出して俺の肩を思いっきり叩く。


かっちゃん……それ、本気で痛いやつだ……


かっちゃんの呑気さに半ばあきれ半ばうれしくもなる

「俺か?…… 」ニヤリと笑い、声を潜める。

「聞いた話だけど……京の女ってのはいいらしいぜ。 

肌が透き通るみたいに白くて滑らかで……なんでも都の水がそうさせてるって。

都の水はここらの水とはだいぶ違うって山南さんが言ってた。 

あの人が言うならまちがいないだろ、想像しただけでたまんねぇよな。 」


「……歳らしいな 」かっちゃんが笑っている。

また叩かれないように俺は少しだけ距離を取る。


「かっちゃんは京でやりたいこととかないのかよ? 」

「そうだなあ……俺は武士になって京へ行ったら、都のとびっきり白くてきれいなのに乗りたいな…… 」


「フン、なんだよ。 それじゃ俺と同じだな 」俺は思わず吹き出した。


かっちゃんは土手の上を見ている

そこにはお供を引き付れた立派な身なりの旗本風の侍が馬に揺られて、のんびり街道を進んでいた。


「あんなふうに馬に乗って……それも都のきれいな白馬に乗って殿様に呼ばれてお城に上がるんだぞ。

おまえと一緒にしないでくれ 」


「いいや、女のつもりだったろ? 正直に言えよ 」


その後も女の話ではないと譲らないかっちゃんと『絶対、女だ』『いや、馬のことだ』で喧嘩しながら二人して大笑いした。




 [4]


 誇らしげに白馬にまたがる近藤の後姿……


土方は近藤に背を向け部屋に戻ろうとして、こちらを見ている平助と目が合う。


絶対に出てこない伊東道場の人達に代わっていつも平助が見送りに出てるのは知っている。

睨みつけるように見返す土方に戸惑った表情を見せる平助。

そんな平助にも腹が立って土方は小さく舌打ちをした。


チッ……


土方は目を伏せた。

どこにいたのか沖田がすっと寄ってくる。


「土方さん……寂しいんでしょ 」


「……うるさい。 山崎にすぐ部屋に来るように伝えてくれ、仕事を頼みたい 」

土方は吹っ切ったように歩き出した。




          


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