御陵衛士編 番外編 斎藤と藤堂 Ⅱ
【前話・斎藤と藤堂Ⅰのあらすじ】
同じ年齢の斎藤と藤堂、江戸にいたころから顔見知りの二人。
慣れ合うことは無くとも
お互い友情を感じていた。
そんな二人の友情にも新選組への考え方の違いが影を落とし始める。
浪士を殺さず捕縛する、という伊東からの通達
変わらない斎藤にいら立つ平助と
変わっていく平助を冷静に見ている斎藤……
そんなある日、新入り隊士を連れた斎藤は顔に古傷のある男を斬った
【1】
顔に古傷がある男を斬ってから十日ほどが過ぎた。
監察の調べでその男が長州の脱藩浪士だったことが判明したらしい。
その男の仲間の存在を確信している土方さんに今後のことで呼ばれている。
部屋に向かっていると人待ち顔の藤堂が廊下に立っていた。
「斎藤……少しいいか 」
藤堂が声をかけてきた、顔色は良いとは言えない
「まだ寝てなくていいのか?」
「……もう熱は下がった。昨夜のことだが…… 」
藤堂が言う昨夜のこととは……
巡察の途中で高熱を出して倒れた藤堂を屯所まで連れ帰った件だろう。
その話ならわざわざ話すほどのことも無い
そう思ったが熱が下がったばかりでだるそうな藤堂につい立ち止まってしまった。
藤堂は『昨夜は迷惑をかけてすまなかった』と詫びてくる。
病み上がりのくせに律儀なところは藤堂らしくて苦笑した。
昨夜の巡察で三条大橋に差し掛かった時 ー
なにやら橋の下が騒がしい。
部下の隊士達と欄干から下を覗いてみる。
女が男を抱きしめて何か叫んでいる。
なんだ……逢引きか
くだらない、どこか待合にでも行け
そう思って踵を返しかけたが
「斎藤隊長!様子を見てきます」
部下たちが俺の下知も待たずに我先にと競うように土手を降りていった
舌打ちしかけたが俺も後を追う。
部下が張りきったのは遠目にも
女の美しさが尋常では無かったからだろうことは察した。
それと同時に思い出す……
あの女、たしか藤堂の……
「平助様!」女が意識の無い
やはり藤堂……
藤堂も女も頭から水でもかぶったように濡れている……花冷えのするこんな夜更けに二人して川遊びでもないだろう。
正気の沙汰とも思えぬ
酒の飲みすぎといったところ……か
部下たちが騒いでいる
「藤堂先生!大丈夫ですか!」 「早く気付け薬を!」
「戸板を借りてくる」と走りだす者まで。
俺は藤堂をちらっと見る
大虎野郎が。世話がかかる……
俺は屈んで「起きろ、藤堂」ぺちぺちと頬を叩いた。
……?ずいぶん熱い
「熱か?…… 」女に問いかけながら、なおも意識の無い藤堂の頬を叩く。
ぞんざいな扱いが気に障ったのか、藤堂の女は俺を睨むと庇うように藤堂を強く抱きしめた。
「平助様、しっかりして……」泣きそうな目で藤堂を見ている。
……江戸にいた頃から情の深い藤堂は俺より女に好かれていた。
藤堂は変わったと思っていたが
そういうところは以前と同じままなのだろうか……
「……寝かしておけ。
明日には目を覚ますだろう、そしたら自分で帰ってくる。
あんただけ誰かに送らせよう」
部下達にも藤堂のことは放っておけと指示する。
無断外泊で責められることが無いよう土方さんに説明だけはしておいてやろう。
ああ……伊東さんのとこの連中にも声をかけておくか
部下の一人に女を送るように指示する。
これで用は済んだ……そう思って先に歩き出す。
今夜はここへ来るまでに先斗町で浪士を斬っている。
死んではいない
番所から人が駆けつけて戸板で運んでいたが……
剣筋が悪かった……
気分が悪い
こういう時は女のところへ早く行こう……
【2】
「斎藤様!」
怒りを込めた声に振り返る。
一度しか会ったことが無いが藤堂の女も俺のことを覚えていた
「ずいぶん冷たおすな……平助様を置いてくつもりどすか!」
「自己責任だ 」
女の手が俺の頬を打とうとした。
とっさに避けたが、赤く彩られた長い爪の先は頬をわずかにかする。
すぐに返す女の爪が今度はしっかりと俺の頬をひっ掻いた。
部下たちが驚いた様子で見ている。
……女の指が描く弧の美しさに気を取られた
頭の中でその弧を剣でなぞってみた
剣筋がいい……
その後、あまりの女の懇願に『祇園ではなく屯所なら連れて帰る』ということで藤堂を負ぶった。
「おおきに……斎藤様 」そう言って藤堂を気遣うように俺の横を歩く
「礼はいらない……今夜はたまたま手助けした。
俺は命じられれば藤堂であっても斬る 」
「……それが斎藤様の正義どすか
平助様と、よう似てはるわ 」
「……?」
「男はんは……みぃんな、しょ~もない正義に命かけて。あほや…… 」
藤堂の女はそれきり口をきかない
俺も黙って歩く。
【3】
俺の頬の傷にすまなそうにしている藤堂に
「女の躾が行き届いている 」と言ってやるとさすがに苦笑している
……確かに
あの女なりのやり方で藤堂を守っているのだろう。
そういう意味では、よく躾ている
「重ね重ねすまない 」と言う藤堂もいい加減、気が済んだだろう。
これ以上話すことも無い、藤堂を押しのけるようにして土方さんの部屋へ向かった。
掻かれた頬がひりつく
藤堂を労わるように添えられた女の手
赤い……血の色の爪
あんな気が強い派手な爪の女のどこが気に入ったんだか……
だが、藤堂にはあのくらいが合っているかもしれない
結局、藤堂を連れて帰ったりしたせいで
昨夜は女の所へ行きそびれてしまった……
突然、覚えていないはずの敵娼の名前を思い出しかけた時、
障子が開き土方さんが顔を出した。
「……遅いぞ、斎藤。入れ 」
その時には思い出しかけた名前はもうどこかへ行ってしまった
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