第13話 激戦、池田屋Ⅰ 不穏と覚悟
[1]
祇園四条の八坂神社の神事である祇園会の山鉾巡行を控え京の町は静かにふけていく。
そもそもは疫病退散を祈願したのが始まりという山鉾の見物は都の風物詩として楽しみにされている。
そんな神事も風物詩も新選組には関係なく平助たち八番隊も夜の巡察を終えて屯所に戻って来たところであった。
何もなく無事に巡察を終えたことにほっとひと息ついてから、平助は報告のために土方の部屋へ続く廊下を歩く。
この時間は道場で稽古する隊士もいないため屯所内は静かで平助が廊下を歩く音だけが響く。
が、この日は違っていた。 後ろからバタバタと走ってくる足音に振り返ると山崎だった。
……廊下を走るなんて……
よほど慌てているんだな、 何かあったか……
山崎があんなに慌てているのは珍しい、そう思いながら平助は山崎に声をかける。
「山崎さん…… 今夜は枡屋の監視当番でしたね。
どうしました? 何かあったんですか 」
「ああ…… 藤堂さん! 今から副長に報告に行くとこです。 藤堂さんも一緒に…… 」
言い終わらぬうちに走り出すので平助も小走りに後を追った。
「山崎……、らしくないな。 どうした? 落ち着け。 」
土方はもう深夜すぎというのに端然と座り疲れた顔を見せない。
夜の巡察の報告に訪れてもいつもそうだ。
この人には疲れるということが無いんだろうか……
平助は整った土方の顔をまじまじと見つめた。
視線を感じたのか土方は平助のほうをちらっと見たが特に気にする風もなく山崎の話を待っている。
「すみません、取り乱しまして…… 枡屋のしっぽを捕まえました! 」
……!
枡屋が不逞浪士を匿っている証拠が見つかったのか? 平助にも緊張が走る。
「本当か、 山崎君 」土方が思わず身を乗り出す。
「はい。 夜半過ぎから荷物がたくさん乗った押し車が枡屋に入っていた時に風で筵がめくれて…… そしたらなんやったと思います? 」
山崎は土方と平助の顔を見渡すようにすると
「銃やったんです…… 」
「銃…… ! 」
もしかしたら武器なのでは?という予感はあったがまさかそんなに大量の銃とは……
「ふん、やはりな…… 夜が明けたらすぐに枡屋を引っ張るぞ 」
「土方さん、 私が…… 」すばやく平助が刀を引き寄せ立ち上がりかける。
「お前は夜番の巡察から戻って来たところだろ? 休んでろ、俺は今から近藤さんに報告してくる。 」
土方と山崎が近藤の部屋に向かったので平助も自室へ下がる。
もしかしたら後でまた出動することになるかもしれない……
そう思い、疲れた身体を休めるために横になるが気持ちが高ぶり眠ることもできず寝返りばかり打つうちに気づけば夜が白み始めている。
……これ以上横になっていても落ち着かないだけだ
屯所で飼っている鶏が鳴いたのと同時に起き上がった。
玄関のほうが騒がしいので様子を見に行くとすでに沖田と永倉の隊が集まっている。
「……新八さん 」
「おう、平助…… わざわざ見送りか? 」 永倉が手を上げ、緊張した面持ちの平助に声をかける。
「なんて顔してんだよ、新選組でも一二を争う俺と総司が行くんだ。 まかせときなって 」
一番隊と二番隊が出動するのを見送りながら平助は考える。
枡屋に運ばれる押し車の荷物はやはり武器だったんだ……
だとすればかなりの量になるはず。
それだけの武器をどうするつもりだった?
……戦支度? まさか……
でも京の人々を巻き込むつもりだったなら
俺は絶対、許さない……
[2]
沖田、永倉の隊は枡屋に到着するとすぐ一番隊は屋敷内の捜索を開始し、
永倉率いる二番隊が枡屋の主人、喜右衛門を引き立てる。
屯所に連行された枡屋喜右衛門を土方が出迎えた。
「朝早くからご苦労だな、枡屋さんよ。
ちょっと話をきかせてもらおうか…… まあ、お茶のひとつも出せなくて申し訳ないが 」
ちょうどそこへ枡屋の蔵に隠されていた銃を押収した沖田たちが戻って来た。
「土方さん! 全部運びきれないからうちの隊士二人を見張りに残して運べる分だけ先に持って帰ってきたんです ! 」
枡屋の荷車を勝手に借りたのだろう、店の号が入った荷車から隊士たちが筵に包まれた束をせっせと屯所の庭に降ろしている。
土方が爽やかな笑みを浮かべ枡屋の肩に手を置き
「ま……そういうことだ。 永倉、前川さんの土蔵へお連れしろ 」
永倉は喜右衛門を立たせると前川家の庭に立つ大きな土蔵へ連れていく。
先日ひいた夏風邪が治りきらないらしい沖田が軽く咳をしながら後をついてくる。
「……枡屋の旦那、悪いことは言わない。
知ってることは早めに吐いちまいな、 ここの連中は怒らすと怖いよ 」
永倉が脅すようにそう言うと喜右衛門がおどおどした様子で永倉を見る。
「なんのことかさっぱり…… これはいったいどういうことか教えてほしいんはこっちですわ。 」
「そうか…… 俺は一応忠告したよ 」
土蔵の中には明り取りの窓があるがまだ日は届かずうす暗い。
沖田は物珍し気に土蔵の中を見てまわっている。
永倉は喜右衛門を観察する。
……面ずれのあとがある。 ふうん、なるほど。
いつまでもつかな……
永倉は入り口へ目を移す、土方と山崎が入ってきた。
それを見た沖田が永倉に微笑むと
「怖い人が来た! 私はこれで失礼しますね…… 」
沖田は土方と山崎にも軽口を叩きながら出ていった。
逃げたな、総司のやつ……
沖田たちのやり取りを見ながら永倉も立ち去るきっかけを探すが入り口は山崎によって閉められてしまった。
「山崎、総司の咳が長引いてるみたいだからあとで咳にいい薬でも持って行ってくれ 」
「ああ…… いいのがありますから 」
これから詮議が始まるとも思えない土方と山崎ののんびりした会話に、相変わらずおどおどした目つきの枡屋の主人喜右衛門が困惑した様子でいる。
「あのぉ…… 手前どもに何のお話があるんどっしゃろ? 」
「しらばっくれるなよ、 枡屋さん。 あれだけの武器が見つかっては言い逃れもできないだろ 」
「あれは…… みんな骨董として値打ちはありますけど実戦には向かんもんばかりなんどすわ 」
「…… じゃあ、これも古文書かなにかか? 」
土方は懐から書状を取りだす。 沖田たちが屋敷の捜索時に武器と一緒に見つけたものだ。
喜右衛門の顔の前で広げて見せる。
書状には名前と血判が押されている。
「…… 知らぬ。 」
おどおどした喜右衛門の目つきが突然変わる。
キッと土方を睨むように見据える。
「知っていてもお前らに話すつもりはない 」
それを見た土方がうれしそうに
「そうこなくちゃなぁ…… 永倉、 そこに置いてある木刀を取ってくれ 」
永倉は木刀を拾い土方に手渡すと喜右衛門に同情したように声をかけた。
「ほら、 だから怒らせるなって忠告したのに…… 」
木刀を受け取ると土方は永倉も土蔵から追い出す。
「これから先は俺一人でやる。 ここへは誰も入れるな、山崎と入り口で見張ってろ 」
土蔵の中で喜右衛門と二人きりになった土方が木刀を両肩に担ぐように持ち「せっかくの御縁だ…… 」と猫撫で声を出す。
「とりあえず自己紹介ってのでもやるか? 俺は新選組副長、土方歳三……
あんたは? 先に言っとくが自己紹介なんだからちゃんと本名で頼むぜ 」
黙って睨みつける男に土方はわざとらしくため息をつく。
「枡屋さん……俺は礼儀知らずが嫌いな
日もだいぶ上り、うす暗かった土蔵の中にも明かり取りの窓から日が差し込んでいる。
長丁場にするつもりは無い……
土方は窓から差す日の光にまぶしそうに目を細めた。
[3]
平助は屯所に戻って来た沖田をつかまえ枡屋の主人喜右衛門捕縛の件を尋ねる。
「で…… 今はどこにいるんですか? 」
「前川さんの土蔵で土方さんが尋問中ですよ 」
「そうなんですか…… 口を割るでしょうか 」
「さぁ…… 」沖田が首をかしげる。
「割らなくても割らせるのが土方さんでしょ。
ああ、 平助さん。 様子を見に行こうなんて思わないほうがいいですよ 」
平助は微笑む沖田から目を逸らす。
…… 要するに尋問という名の拷問ってやつか
その時「大変ですっ! 」玄関先で大声がするので沖田と駆け付けると、枡屋に武器の見張りとして残してきた斉木という一番隊の隊士が額を切られ血を流しながら叫んでいる。
「沖田先生! 枡屋の武器が奪われましたっ! 申し訳ございません 」
「斉木さん、どういうことです? 」
沖田が珍しく剣のある声を出す。
小荷駄方も動員され枡屋で押収した武器の残りを屯所に運ぶ途中に浪士風の集団に襲われ武器の一部が奪われたという。
斉木がすぐ後を追ったが斬られたということのようだった。
「なにやってんですか! 」沖田の叱責が飛ぶ。
奪われたのは銃を十丁ほどを一つに結わえたものが三束だけだったが、それでも三十丁もの銃が敵に渡ったということだ。
押収された武器を取り返すのはそれなりの危険がある。
その危険を冒してまで敵は行動に出た。
すぐにでも決起する気か、あるいはこの屯所を襲撃ということもあり得る……
平助は沖田を見た。
沖田が「私は近藤先生に知らせてきます。 誰か土方さんに…… 」
「私が…… 」平助は頷くとすぐ土蔵に走った。
土蔵の前には山崎が入り口をふさぐように立っており、永倉が土蔵の窓に梯子をかけ中を覗いている。
山崎が困った顔で平助に「藤堂さん…… 誰も中に入れるなと副長に言われてますんで 」
「土方さんに至急の連絡があって 」
平助に気づいた永倉が梯子を下りてきた。
「平助…… お前、何しに? 戻ってろ 」
永倉の顔色は心なしか悪い、気持ち悪そうに口元を押さえながら平助に声をかける。
「……新八さん、大丈夫ですか 」
永倉はそれには答えず少し離れた植え込みの陰にしゃがんで苦しそうにしている。
「藤堂さんもああなりたくなかったら早く戻ってください 」
山崎がやれやれという感じで永倉を見る。
「私は…… 土方さんに用があるのです。 」平助はそれでも入り口に立ちふさがる山崎を押しのけ土蔵の入り口を開けた。
木刀を下げた土方が床に転がるぼろ布のようなものの前に立っていた。
「土方さん…… 」
一歩中へ足を入れると土蔵内にこもった血の匂いが解放された入り口に向かって一気に流れ、その匂いに平助は吐き気を感じた。
「…… 土方さ……ん 」
返事をしない土方にもう一度呼びかけると土方が静かに振り返った。
平助と目が合うと土方は不機嫌な顔をますます不機嫌にして舌打ちする。
「なんだ? ……平助、 またお前か 」
「山崎っ、誰もここに入れるなと言ったはずだが…… 」
平助の後ろで恐縮した顔の山崎をちらっと見たがすぐ平助に視線を戻した。
「平助…… また俺を止めようとしても無駄だ。 いい加減学習しろ 」
あの夜のことを言われてるのだ…… とすぐ気づいた。
「土方さん、枡屋で押収した銃が三十丁奪い返されたそうです。 」
「なんだと?! それを早く言え! 」
土方は腹ただしげに平助を突き飛ばすと転がるぼろ布を蹴る。
「おい、古高 」
ぼろ布と見まがうほど痛めつけたところでつい先ほどやっと聞き出した枡屋喜右衛門の本名、古高俊太郎の名を呼びながら桶に入った水をぶっかける。
「聞いたか? お前の仲間が銃を奪い返したらしいぜ。 何を計画してる? 」
「し……知らぬ 」
「そうか…… どうしたら言いたくなるかな。 平助、どう思う? 」
すでに十分すぎるほど凄惨な現場で突然土方にさらなる拷問方法について話を振られたのかと心臓が飛び跳ねる。
「銃の使い道……についてどう思う? 」
土方は平助にもう一度聞きながら木刀で古高の背中を軽くつく。
「それは…… 」
どんな使い道だとしても真っ当な理由であるはずはない
京の町に少なからず被害が及ぶはず……
それは許されることではない
「……土方さん 」平助は伏せていた目を上げた。 土方と目が合う。
「平助、 釘と……蝋燭を持ってこい 」
「…… 」
黙っている平助に苛立ったように土方が声をとがらす。
「平助。 何度も同じことを言わせるな。
止めても無駄だし、俺のやり方が正しいか間違っているか、お前がどう思うかなんかどうでもいいんだよ。 すぐ出ていけ 」
土方に睨まれたが冷たい目で見返す……
平助は土蔵の奥にしつらえられた棚を目で示した。
棚の上には大小たくさんの木箱が乗っており『火鉢』や『線香・予備』などと明記した紙が貼られていて家主の几帳面な性格が見て取れる。
「多分……あの木箱の中のどれかに入ってますよ 」
「ここから出ていかない気ならお前が取ってこい 」
平助は首を横に振る。「ご自分でお願いします…… 」
土方は木刀を床に投げ捨てると奥の棚へ向かった。 その木刀をそっと拾い上げる。
俺は…… 変わったんだ、あの日
「……是非に及ばずですよ……土方さん 」
平助は小さい声でつぶやくと床に転がったままの古高の上にまたがり木刀を首に回して締め上げた。
「枡屋さん…… いや、古高さんというんでしたね?
先ほどの土方副長の質問にすぐ答えてもらえますか 」
古高が弱々しいがそれでもきっぱり首を横に振る。
「……ったく。 強情な人だ 」
……あなたも……土方さんも……
平助は立ち上がると古高の顔の前にしゃがみ木刀を床についてその上に顎を乗せて古高を見つめる。
「あの人…… 」と言って土方のほうを顎で指す。
「やると言ったら本当にやる人だって、もうわかりますよね? 」
言いながら古高の左手をとって広げてみる。
……これだけぼろぼろになってもまだ折れてはいないようだな……
「釘と蝋燭よりはましだと思います…… 」
広げさせた指の一本に平助は黙って木刀を振り下ろした。
指の骨が砕ける音は古高の悲鳴にかき消される。
古高の悲鳴が平助の心に突き刺さる
心を乱されてはだめだ…… 強くいなければ…… 無駄な優しさを見せれば京の人々を巻き込むことになるかもしれない
「答える気になりましたか 」平助がかがんで顔を古高に近づけた
「す……べて……忘れ……た…… 」
「もう一本いったら……思い出してくれますか 」
「………… 」
「わかりました 」 平助は静かに立ち上がる
「やめろっ! 平助 」土蔵に戻っていた永倉が駆け寄り平助の木刀を取り上げようとしたがそれより早く平助の持つ木刀はぼろ布のような男の指を砕いていた。
「うぁあぁぁぁ 」悲鳴が響き、それが限界だったのだろう。
古高が途切れ途切れに「……話す……全……部…… 」
平助が山崎のほうを振り返る
「山崎さん……早く手当を 」
山崎が添え木と包帯で応急処置を施すかたわら古高がぽつぽつ計画について話し出した。
強風の日を選び御所と京の町に火を放つ、その混乱に乗じて帝を長州へ連れ出す。
会津候と佐幕派公家を暗殺する。
実現していれば一大事であった……
「ご苦労だったな、平助 」釘を手にした土方が平助の肩をたたく。
「土方さん…… 」
……新選組の中で立場を上げるというのはこういうことができるかどうかってことなのか……
平助の目の前が真っ暗になり何も見えなくなる
そのまま緊張の糸が切れたように倒れこむのを永倉が抱きとめる。
「平助ぇぇ! 」
永倉が自分を呼ぶ声が遠くから聞こえたような気がしたが平助は目を開けることができなかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます