第47話 大切な人――運動神経が抜群で、ツッコミが上手で、ジョークも面白くて、ポニーテールが反則的に似合う女の子

 神宮が闇と戦っている――だから、今は臨戦態勢ではない。


 そう思った俺は、一歩、また一歩と歩み寄った。


 真意を確かめたくて、近付いた。


 拒絶反応。


 エックスは――急襲を仕かけてきた。


 鉛のように重たい拳が、俺のレバーに突き刺さった。


 声もなく体が吹き飛ぶ。


 まただ。


 意識が飛びそうだ。


 歯を食いしばる。


 握り拳を作る。


 息を整える。


 最後に頬を叩き、ぶるぶると震える足を手で押さえ、立ち上がった。


 俺しかいない。


 神宮と手を取り合えるのは――俺しかいない。


 状況的に助けられるのは俺だけ――だから、助ける。


 いや、違うだろ。


 俺は、自分の気持ちに気付かない振りをしてきた。


 何故、神宮のことを『大切な人』だと感じたのか。


 そして、お母さんとは、一線を画す、明確に違う感情を抱いたのか。


 俺は、ずっと――。


 神宮は、ずっと――。


 きっとそうだ。


 人生で一度も感じたことがないから、わからなかったけれど、ようやく把握できた気がする。


「グガガガガァアアアゥゥゥアアアッ!」


 絶叫するエックスに、神宮の面影はない。


 再び急襲。


 今度は顎を刈り取るアッパー。


 全身の力が抜け、崩れ落ちそうになるが、胸ぐらを掴まれ、地を這うことすら許してもらえない。


 衝撃。


 顔面に刺さるワンツーと鳩尾に入る前蹴りで、ゴミ山の中に吹き飛ばされた。


 悶絶。


 口から血を吹き出し、ダメージを負った箇所は酷く腫れてしまった。


 だがしかし――そんなことは関係ない。


「ああああああああっ!」


 鼓舞するために雄叫びを上げ、全身に熱を感じながら、立ち上がった。


「神宮……お前が求めていたものが、わかった気がする。お前と俺の違いが、わかった気がするよ」


 語りかけるも、エックスは話を聞いているとは思えない。


 だけど、話し続ける。


 俺は、ゴミ山からトースターを手にし、


「一人ぽっちだったんだな」


 と続けた。


 そう、神宮は一人だった。


 二人の違いは、そこにあった。


 ようやく核心を突くことができた。


 だが、俺に構うことなく、エックスは顔を目がけてハイキックを打ってきた。


 タイミングを見極め、トースターでブロッキング。


 エックスは、ノックバックし、上体をのけ反らせて、体中で叫んだ。


「イヤァァアアアイギャァアアアッ!」


 今できることは、寄り添ってあげることだ。


「寂しかったよな」


「ウウウウガアガガガガアガアアアガガッ!」


 今できることは、悲しさを受け止めてあげることだ。


「苦しかったよな」


「ハア……ハア……」


「俺が壊れそうになった時、幸運なことに、真壁が傍にいてくれた――だから、神宮ほど膨大な闇は生まれなかった」


 エックスが黙り込む。


「でも、神宮は違う。両親に捨てられ、愛を失い、一人ぽっちだった」


 黒い涙が多量になっていく。


「それは、俺なんかが想像できない闇だったはずだ」


「……ウン」


「誰かに縋っても、縋っても、縋ってもっ! なにも変わらない現状に、胸を痛めたはずだ」


「……ウン」


「一人は、辛いよな」


「………ツライ」


 最後、神さまに縋った女の子は、顔中を涙で埋めた。


「だから――」


 失ったはずの底力を振り絞り、俺は――神宮を抱きしめた。


「俺が一緒にいてやる」


「……トイデ……クン……」


「俺が傍にいて、笑わせてやる」


「ウン……」


「大切なことだ」


「ウン……」


「一回しか言わない」


「……ワカッタ」


 考えた。


 もしも俺と神宮が、先のような運命的な出会いをしていなかったら。


 もしも俺と神宮が、同じような境遇に置かれていなかったら。


 もしも俺が――神宮紡という存在に、救われていなかったら。


 それでも、この気持ちは変わらないはずだ。


 何故なら、即物的に生まれた感情ではなく、関わってきた中で感覚的に生まれた感情だからだ。


「どうして俺にとって、神宮は『大切な人』なのか――その答えがわかった。俺と似たような悩みを抱えていたから、俺を救ってくれたから……そうじゃない、そんな小難しくて、理屈っぽいことじゃない。運動神経が抜群で、ツッコミが上手で、ジョークも面白くて、ポニーテールが反則的に似合う女の子だから、一緒にいたいと思ったんだ、守りたいと思ったんだ、大切な人だと思ったんだ。俺は――神宮紡が、好きだ」


「…………ありがとう」


 ぽつりと呟かれた言葉は、エックスではなく、神宮のものだった――決定打は、放たれた。


 神宮の胸から、光が溢れ出し、闇を切り裂いた。


 ついに――心の闇に、打ち勝ったのだ。


 神さまだった彼女の願いが叶ったのだ。


 互いに顔を見合わせ、俺たちはまた抱き合った。


 痛いくらいに何度も抱き合った――大切な人を決して離さないように。

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