第16話 条件破りの願い―もと神さまの失踪―

 神宮曰く、『大々的な省略』とは――俺の『神さまになりたい』という願いを叶えることらしい。


 本来であれば、省略してはならない『四つの条件』だが、こと今回に限っては、それを破ってしまうのだとか。


 破るのは、三つ目の条件である――願いは一人一つまでしか叶えない、だ。


 どうやら、俺が初めて出した嘆願書の内容が『神さまに会いたい』だったため、それがすぐに叶ってしまった以上は、条件に引っかかるらしいが――あれに関しては、神宮の嘆願書の精査作業を抜きにして、偶発的に叶った願いだから、少し首を傾げるところではある。


 俺に言わせてみれば、三つ目の条件は破ることにはならない、そう思う。


 それよりなにより――四つ目の条件を破ることになると危惧している。


 内容は――神さま自身の願いは叶えない、だ。


 神さまになりたい――厳密に言えば、これは神宮の願いだ。


 まあ、嘆願書に書いて、それを祠に提出したのは誰だと問われれば、紛れもなく、疑いようもなく、その人物は俺だ。


 だがしかし、それは、屁理屈というやつではないだろうか。


「なにしてるの! ほら、先に行っちゃうよ?」


 神宮がゴミ山のてっぺんから言った。


 まーた、すいすいと登ったのか、この野生児め……。


「すぐ行くから、待ってろ」


「いやいや、先に入るよ」


「先に入るなら、無駄な確認はするな!」


 ポニーテールの神さまは、返事をするでもなく、にやりと笑って、お部屋の中へと飛び込んだ。


 俺も負けじと家電を踏んで、掴んで、登り詰め、神宮の後に続いた。


 だが……。


「ぎゃぁあっおうすっ!」


 デジャブ。


 ケツに強烈な痛みが走った。


 デジャブ。


 痛がる俺を見て、笑う神宮。


「痛い、痛い、痛い、痛いっ!」


「ちょっと! 笑うから! お腹捩れるから! やめて!」


「神宮、てめえ!」


「待って、駄目だって、待って、笑うって!」


「もう殴っていいよな? 許可はいらないよな?」


「それはっ! 無理っ!」


 まさに、抱腹絶倒だ。


 神さまへの冒涜だと、そう強く非難されても構わない、こいつだけは殴らなければならない。


 神宮は、俺の怒りに一切動じることはなかった――むしろ太陽のように、照らすような笑みを浮かべていた。


「そ、それにしても……ふふっ」


「実に幸せそうで羨ましいわ!」


「ごめんねー。それにしても――」


 『それにしても』――この単語で、罪が帳消しになるほど、世の中は甘くないんだが。


「一回目よりもスムーズに入れたね」


「そうだな。人は成長する生き物だからな」


「早くも二回目理論が瓦解したね」


「忘れろ」


 こいつはなんだ、コミュニケーションを『揚げ足を取るもの』だと勘違いしているんじゃないか?


「それじゃあ、始めるね」


 心配をしてやっているのに、そんなものはどこ吹く風――神宮は、ボディバッグに入れていた嘆願書を手に取った。


 いよいよ――俺は神さまになるらしい。


 実感という実感が湧かない上に、なりたいというわけでもないから、早く終わってほしい限りだが……いやはや、いざ始まるとなると、ほんの少しだけ緊張してしまう。


「よし、思うままにやれ」


 俺の意思を確認した神宮は、大きく頷いた。


 始まる――そう強く意識したが、神宮は一呼吸を置いた。


「……どうかしたか?」


「戸出くん」


 神宮の瞳は、どこか暗い。


「なんだよ、やるんじゃなかったのか」


「やるよ」


 神宮の声色も、どこか暗い。


「それなら――」


「ごめんね」


 何故、謝ったのだろうか。


 理由を訊ねることは――できなかった。


 即座に嘆願書を飲み込んだから、訊く暇がなかった――そんな理由じゃない。


 アンタッチャブルな領域だと、そう直感で察したからだ。


 嘆願書は完全に消え去り――願いが叶った。


 神さまになりたい。


 俺の願いではなく――一人の女の子の願い。


 条件を無視してまで、叶えた願い。


 確かに、俺は神さまになったらしい。


 力を行使せずとも、体の底から唸るようなエネルギーを感じたことにより、ようやくその実感が湧いた。


 対照的に、神宮からは活力が分散していっているように思えた。


 一緒にいて、身震いするような力を体感したことはなかったが、今の覇気のない神宮を見ていると、やはりこいつは神さまだったんだなと、如実に思い知らされた。


「解散だね」


 神宮はおもむろに言った。


「いやでも、業務は?」


「早速取りかかってもらいたいところだけれど、いかんせん嘆願書のストックがないからね」


「ということは、溜まるまで待機ってことか?」


「そういうことだね! とりあえず一週間は待ちで!」


 こちらまで明るくなるような笑顔だ。


 だが、俺にはそれが――気丈に振舞った明るさに見えた。


 その勘が当たっていたのか、間違っていたのか、定かではないが――おそらく当たっていたのだと思う。


 一週間後、神宮は――俺の前から姿を消した。

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