第15話 形式上の手続き(神さま交代)

 守山に来る前、神宮の部屋に来る前、俺たちは三留高校の体育館裏の祠に立ち寄っていた。


 今では上空が橙色に染まっているが、その頃はまだ陽が高く、青々とした空が広がっていた。


 体を心地良く撫でる風が、神さまのポニーテールを揺らした。


「まずは嘆願書を提出すること!」


「気が進まん」


「戸出くんの気持ちは訊いてないよ、強制だから」


「だがなあ……」


 結局、神宮は――神さまだった。


 本当に――神さまだった。


 信じられないが、信じたくもないが――神さまだった。


 俺は――神宮が神さまであることを、信じることにした。


 嘆願書を飲み込んだ時、大道芸かと思ったが――確かに嘆願書は神宮の体内へと入ったのだ。


 それに、井筒、真島、五十嵐、その三人の願いが叶ったことも目の当たりにした。


 否定したくても――できない。


 さらに、俺は――神宮に対して、憎しみの感情を抱かなくなった。


 神宮によると、俺がお母さんを失った頃は、まだ神さまになっていなかったらしい――ならば、神宮は責められるべきではない。


 それでも、やるせない怒りは、確かに胸の奥に存在する。


 神宮が当時の神さまでなくとも、熱いものはある。


 しかし、神宮は泣いてくれた、俺を想って、お母さんを想って。


 だからもう憎しみはない――が、気がかりなことはある。


「……神宮が神さまであることは承知したが、訊きたいことがある」


「なんなりと」


「俺のお母さんが亡くなった頃、神宮は神さまじゃなかったんだよな?」


 首肯。


「それなら、どういう経緯で、神さまになったんだ?」


「うーん。それは――また今度ね」


「『なんなりと』とは一体……」


「まあまあ。それよりも願いを書いちゃいましょうぜ旦那」


「雑魚キャラ口調はやめろ」


「いやでも、嘘でも『旦那』とは呼びたくないなあ……」


「ストレートに傷付けてくるのは、もっとやめろっ!」


 第一、神宮が嫁だなんて、俺も願い下げだ。


「じゃ、書いて書いて」


 神宮は、A4の白紙とボールペンを押し付けるようにして、渡してきた。


 ここは、毅然と突き返してやりたいが、約束は約束だ。


 神さまになりたい――俺は真っ白な紙にそう書いた。


「ほら、書いたぞ」


 直接渡そうとしたが、神宮は受け取らなかった。


「ちゃんと祠に出して」


「どうせ回収するのに」


 無視。


 未だに納得はしていないが、嘆願書に早変わりした紙を祠に置いた。


 それを秒で回収する神宮。


「これでオーケーだね。よし、次は守山ね!」


 こうして、形式上の手続きを終え、登山を開始した。

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