第14話 『登山』を語ると痛い思いをする、こともある
痛みを堪えながら、慎重に立ち上がった。
「おお、中々に往生際が悪いね、戸出くん」
「そこは、『根性があるね』とかにしとけ。続けるぞ、というか、続けさせろ」
「そのゴキブリ並みのしつこさに免じて、聞きましょう」
それも、『男らしさ』とかにしとけ。
「登山とは、簡単なものではない、だからといって臆病になるべきものでもない。時には胸が熱くなるほど幸せを感じる瞬間もあり、時にはともに歩いてきた仲間と衝突する瞬間もあり、時には立ち直れないほどに哀しい思いをする瞬間もあり、時にはなにものにも代えがたい楽しさを実感する瞬間もある。それらの感情を、我が身をもって体験し、最期という名の山頂を、かくも目指していくものだ。まあ、要約すると、登山は人生だと言え――」
締めに入った途端、神宮は表情を変え――二発目のカーフキックをお見舞いしてきた。
「あがぁあっ! いだぁあいっ!」
二発目の痛さに悶絶し、再び地に崩れ落ちた。
明らかに二発目の方が痛い。
つまり一発目は手加減をしていたことになるが……それで、あの痛さかよ。
みんなの神さまというより、格闘技界の神さまの方がお似合いだ。
いや、格闘技の神さま云々はどうでもいい、とにかく、脹脛いてえ……。
「もう。痛がっている演技はいいから、早く」
これが演技なら、ハリウッドスターも夢ではない。
苦痛に顔を歪めながら、俺は一気に老化したかのように、よぼよぼと立ち上がった。
「それにしても……このゴミ屋敷は、一帯の緑に似つかわしくないな」
「ちょっと! ゴミ屋敷じゃなくて、お部屋!」
「そうだったな、『汚』部屋だったな」
「ちょっと! その『お』の強調には、物凄く悪意を感じるのだけれど!」
ま、善意はないな。
「始めてくれ。ここにいると、物体の異質さに当てられて、気分が悪くなる」
「その異質な感じが落ち着くのに……戸出くん変わってるね」
これを落ち着くと表現できるやつに言われたくない。
「でもまあ、始めましょうか」
ホームグラウンドに来て、調子がいいのか、気分がいいのか、神宮は鼻歌を交えつつ、一枚の嘆願書をボディバッグから取り出した。
この嘆願書を目にし、俺は余計に気分が悪くなった。
「神宮、本当にあの手順は省けなかったのか?」
「『あそこ』は省けないんだよね――厳密に言うと、省きたくなかったんだよね」
「なんだそれ。その言い草だと、省いても良かったみたいじゃないか」
「それでも、省かない方がいいの――これから、もっと『大々的に省略』してしまうから、せめてもの礼節というか、悔悟の気持ち」
そう言いながら、神宮は目を伏せた。
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