第42話 神さまに縋った女の子の過去

 私は、友達と遊ぶことが大好きな明るい子だった。


 学校の授業が終われば、家に招き入れて、陽が暮れるまで遊んでいた。


 それまでの人生は順風満帆そのものだった。


 しかしながら、中学三年生の時、絶望の淵に叩き落される出来事が起きた。


 いつものように学校から家に帰ってきたら――家の中は、もぬけの殻だった。


 要約すると、両親に捨てられたということ。


 わけがわからなかった。


 飲み込むことができなかった。


 受け入れることができなかった。


 現実は非情なり――一緒に過ごしてきた両親が、大好きな両親が、そこにはいない。


 時間だけが過ぎて――ようやくなにが起こったのか理解ができた。


 理解をしたら、次に感じたことのない悲しさが込み上げてきた。


 悲しさが消失したら、次に耐えがたい喪失感が押し寄せてきた。


 喪失感が過ぎ去ったら、最後に怒りが込み上げてきて――心が闇に染まってしまった。


 つまり私の内なる闇とは――私が両親に捨てられた過去のこと。


 その闇は強大で、凶悪で、私が知っている範囲の『幸せ』という名の光では、とても太刀打ちできない。


 私は、内なる闇と対峙することは諦めた。


 抱えるしかなかった。


 抱えざるを得なかった。


 忘れられないから。


 忘れたくなかったから。


 内側に潜む闇の存在を感じるたび、胸が締め付けられるような苦しさを味わってきた。


 やがて周囲の大人を頼るようになった。


 それまで、相談してこなかったのは、大人を信用していなかったからだけれど、子どもの私は、もう一度信じてみたいと思った。


 でも、理解してもらえなかった。


 相談を持ちかけたほとんどに無視をされたけれど、中には相手をしてくれる人もいた――いた、いたけれど、どこか他人事で助言してくる人もいれば、上から目線で実のない説教をしてくる人もいた。


 このことは、誰にも理解できない。


 私は不幸だ、私だけ不幸だ。


 気持ちが落ち込み、心が荒み、一時は命を絶つことさえ意識したこともあった。


 だけど、中学受験を乗り切れば、新たなスタートを切れると考え、一歩思い止まれた――なのに、状況は一切変わることはなかった。


 高校での新生活が始まり、クラスメイトがそれぞれに自己紹介をする機会があった――『名前』『好きな食べ物』『趣味』というシンプルな三項目の自己紹介だけれど、そこで不測の事態が起こってしまった。


 三人目の男子生徒がお調子者で、三項目の他に『住んでいる場所』『両親の好きなところ』という項目を付け足した紹介をしたの。


 それ以降の紹介も同じように、五項目で紹介をしていった。


 内心まずいと思ったけれど、ここで隠してしまっては中学時代と変わりがないと考え、包み隠することなく話した――『住んでいる場所』は、次に答える『両親の好きなところ』に関連して、今住んでいる祖父母の家の住所ではなく、『昔住んでいた家の住所』を紹介してみた。


 結局、その場は沈黙が生まれ――翌日、学年中の噂になっていた。


 噂になる理由はただ一つ――周囲の人にとって、私の過去は普通じゃないから。


 いたたまれなくなって、社会から身を隠すようにして、体育館裏に逃げ込んだ。


 周りにいる人は、やっぱり幸せそうで、闇なんて微塵も抱えていなさそうで、世界が変わっても――私だけが不幸なんだと涙を流した。


 まさに神さまにでも縋りたい気分だったその時――ひっそりと佇む小さな祠を見つけたの。


 嘆願書のことなんて、右も左もわからなかったけれど、神さまに過去を打ち明け、助けてほしい旨を伝えようと思った。


 神さま――どうか私を助けてください。


 私は――過去と決別したいんです。

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