第12話 厳然たる事実

「あそこが井筒くんの家」


「予想はしていたが、いやはや、でかいな」


「それじゃあ、今から井筒くんの願いが叶ったかを確かめます」


「……どうやって?」


「もちろん覗きよ!」


「ええ……。もっと神さまっぽい確かめ方はねえのかよ」


「そんなハイテクなものはないっ!」


 きっぱり言い切っても、格好悪いものは格好悪い。


 神宮の覗き案に乗りたくはなかったが、対案を出せないため、十数分ほど張り込むことになった――それでも、成果はなかった。


 疑心暗鬼。


 このポニーテールが似合う女子高生は「私、神さまなの」という妄言を吐くヤバいやつだ――だけど、人の話を親身になって聞ける一面もあり、素直に好感を抱き始めていた……が、この様子だと、やはり悪魔の証明を証明することはできないようだ。


「あっ!」


 突如の大声に、体をのけ反らせてしまった。


「なんだ急に」


「ちょっと! あれ!」


「あれじゃわからん」


「あそこ!」


 今度は井筒邸ではなく、俺たちが歩いてきた道を、横並びで歩く三人を指さした。


「……誰だ?」


「鈍感! もういい」


「その言い方は酷くな――おへぇっ!」


 神宮は、俺の言葉を待つことなく、正拳突きを腹部にかましてきた。


 体はふわっと宙に投げられ、電信柱の陰に不時着した。


「ひとまずセーフね」


 肩口に息を潜めるように隠れた神宮がそう言った。


 だが、あれを黙ってスルーできるほど、俺はお人好しではないし、人間ができているわけでもない。


「なにすんだ!」


「なにって、正拳突きに決まってるじゃん」


「そんなことは見ればわかる! 行為の名称じゃなくて、行為の意図を訊いてるんだ!」


「いや、バレちゃうかなと思って」


「……三つ訊かせてくれ」


「…………」


 露骨に嫌そうな顔をするくらいなら、口に出して断ってほしいものだ。


 まあ、仮に断られても、俺には訊く権利があるけれど。


「一つ目、バレちゃうって、誰に?」


「井筒くんファミリーに。仲良く揃って井筒家に向かってきている三人だよ」


 ああ……あの三人が井筒ファミリーだったのか。


「……しかし、質問は続ける」


「しつこい男は嫌われると言うけれど、意味がわかった気がする」


「うるさい。二つ目、バレないために、どうして正拳突きをしたんだ」


 問いに、神宮は首を傾げ、次に「わかった」と手を叩いたが、最後に「やっぱり意味わかんない」と再び首を傾げた。


「質問の意味がわからない。バレないために、正拳突きをしたんだよ? それをどうしてって、質問が破綻してるよ?」


「お、れ、はっ! 正拳突きじゃないと駄目だったのかと訊きたいんだ! 他にやりようがなかったのかと訊きたいんだ!」


「これが一番早いでしょ!」


「一番危害が加わっているけれどもな!」


「しつこい男は――」


「しつこくない!」


 ここまでは許す、まだギリギリのギリギリで許す。


 だが!


「三つ目、俺の目的が『神宮を殴る』ということなのに、お前はよくも躊躇なく殴ってくれたな!」


「ちょっと! それ質問じゃないよね?」


「黙れ! 暴力女に質問権はない! 答えろ! お前はどんな心境だったんだ!」


「後にして! 三人がかなり接近してるよ!」


 どさくさに紛れて、煙に巻こうって算段か……いやいや、井筒家が揃ったこのチャンスを逃すわけにはいかないので、今回は見逃してやろう。


「うん、間違いないね。願いは――叶ったよ」


「……嘘だろ」


 傍から見れば、家族。


 それは、嘘偽りのない、余計な虚栄心などない、れっきとした家族。


 三人は、仲睦まじく談笑していて、そこには温かさが感じられた。


 勉強ができるようになった井筒は、家族の新たな希望となり、関係を再構築できたようだ。


 つまり――願いは叶った。


 つまり――神さまは存在した。


 厳然とした現実を、受け入れることができなかった俺は、残る真島と五十嵐を訪ねたが、結果は変わらなかった。

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