第11話 過去を打ち明けるだけだから

 コツコツと部屋の窓ガラスをノックする音がして、俺は目を覚ました。


「おーい、戸出くーん」


 窓の外には、神宮がいた。


 違う、正しくは、『人んちの屋根に、神宮がいた』だ。


「おーいじゃねえ。どこ上ってんだ」


「どこって……屋根だよね?」


「俺が言いたいのは、そういうことじゃなくてだな」


「ああ、もういいから。早く行こ!」


 いやはや、こいつの将来が心配だ。


「支度するから、下りてろ」


「ここで待つよ」


「いや、着替えるんだが」


「いや、見るんだが」


「……馬鹿か」


「ちょっと! 神宮ジョークだって。戸出くんの着替えなんて、心底興味ないから」


「わざわざ傷付くようなこと言うな!」


「逃げるが勝ちだー」


 神宮は、子どもっぽく笑って、屋根からひょいと下りた。


 運動神経だけは、尊敬に値するのが気に食わない。


 悪魔の証明を証明することに付き合うが……まあ、証明できないだろうから、殴るのは確定している。


 そうだな、右ストレートを決めやすいよう格好は……白シャツに黒のパーカー、下は黒のジョガーパンツ、これがベストだろう。


 手短に着替え、家を出ると、神宮がポニーテールを結び直しているところだった。


「待たせた」


「ううん。大丈夫、今来たところだから」


「待ち合わせの常套句はやめろ。これは、デートじゃない」


「デートでもいいのに」


「俺が嫌なんだ」


 拗ねた表情を作り、神宮は歩き出した。


「戸出くん、よく寝れた?」


「全然。今までで一番最悪の寝起きだ」


「ふーん。心なしか顔が歪んでいるように見えたのは、そのせいかもね。元々、歪んでいるのもあると思うけれど」


「おい、俺の顔は歪んでないぞ」


「……もしかして怖い夢でも見たの?」


「怖い夢……か。まあ、そんな感じだ」


「漏らした?」


「漏らしてない! 俺が見たのは、お前みたいに『神さまを気取ってるやつ』を信じなくなった理由が詰まった夢さ」


 気に障ったのか、後ろ手で俺の腹を突いてきた。


「不快。そろそろ、教えてくれてもいいんじゃないかな、戸出くんが神さまを信じない理由」


「教えてもいいが、証明できなかったら殴ることは変わらんぞ?」


「それでもいいから」


 誰にも言ったことはなかったが、まさかこんなやつに言うことになろうとは。


 ただ、隠すようなことではない。


 過去にこういうことがあった、そう説明するだけだ。


「話は、小学校へ入学した頃に遡る――」


 昔話をしている間、神宮は無表情だった。


 ただただ相槌を打ち、傾聴し続けた。


 そして、全てを伝え終わると、光るものが神宮の頬をなぞるように流れた。


「戸出くん、辛かったね」


「……まあな」


「本当、辛かったね」


「……ああ」


「教えてくれて、ありがとう」


「……うん」


 俺が嫌悪するタイプである神宮だが、共感してくれるような言葉に、目頭が熱くなってしまった。


 神宮は、目元の涙を拭った。


「一つ言えるのは、その頃は――神さまが空想のものでしかなかった時だね。私が神さまになったのは最近のことなの」


「そも、神宮のことを神さまだとは信じていないが……話を進めるために一度飲み込む。神宮は、生まれた瞬間から、神さまだったわけじゃないんだな?」


「そう。戸出くんより一年早く三留高校に入学したけれど、そこで……あっ! 着いちゃった!」


 聞きたかったけれど、会話は途中で区切られてしまった。


 なにかを見つけた様子の神宮は、ある一軒家を指さした。

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