第33話 あるべきものが、そこにはない

 出発からどれくらい経過しただろうか。


 そう思って、腕時計を確認すると、時刻は二十時を回ったところだった。


 つまりは、おおよそ八時間ほど経っていることになる。


 だが――神宮の家には辿り着いていない。


 いや、この場合は――辿り着くことができないと言い表すべきだろう。


 辿り着くことができない――それは、身の毛もよだつような話だった。


 俺たちは、逃げ出した。


 恐れをなして、逃げ出した。


 気味が悪すぎる現実から、逃げ出した。


 まさか、まさかだった――そこには、なかったのだ。


 あるべきものが――なかったのだ。


 真壁が入手した神宮の住所の周辺を、これでもかというほど見て回ったけれど、やはりなかったのだ。


 メモ帳に記された文字列は、確実にその場所を示していたというのに――神宮邸が存在しなかったのだ。


 二人して血の味を感じるまで息を切らして走った。


 神宮邸から、神宮邸があるべき場所から離れたことによって、恐怖から解放され、冷静さを取り戻すことができた。


 何故、神宮邸が存在しなかったのか――一つ大きく疑うべき要素があるとすれば、真壁の情報に誤りがあったかもしれないという点だ。


 だがしかし、真壁はこれを明確に否定した。


 こと神宮の住所に関しては、信憑性に欠ける情報ではなく、根も葉もある正確性の高い情報らしい。


 真壁は、情報を信用するにあたって、二つのことを重要視していると豪語した。


 一つ目は、情報源の歴史だ。


 これは、情報源が『過去にどのくらい正確な情報を出し続けているか』について言いたいらしい。


 要するに、普段から嘘吐きな人物の言葉は信用できないが、その逆の人物の言葉は信用できるということだ。


 そうなると、肝要になってくるのが、聞き取りをしていった相手だが――ずばり、三留高校の二年生のようだ。


 また、より信憑性を高めるために、一人だけではなく、二十三人に聞き取りを実施したという。


 いやはや、真壁の情報網というか、顔の広さは他人に誇っていいレベルだと思う――思うが、素直に首肯できない部分がある。


「ちょっと待ってくれ」


「言いたいことは大体わかるよ。僕が聞き取りを実施した二十三人は、普段から正確な情報を出し続けているかという点だろう?」


「その通りだ。お前が聞き取りをしたやつらの『情報源の歴史』は知らないだろ、知りようがないだろ。だったら、お前が入手した情報に、誤りがあるかもしれない」


「彼らは僕たちと同じ、単なる学生だよ? 同学年の生徒の住所を、後輩に訊ねられたところで、嘘は吐かないさ。それに、『情報源の歴史』は実質知っていると言っていいね――正確な情報を出し続けているかがわからなくとも、誤った情報を出していなければいいからね」


「……法螺吹きがいなければってことか」


「そういうことだね」


 ならば、問題ないか――学校で大嘘吐きがいるという噂は、流石に聞いたことがないからな。

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