第32話 残念ながら彼女はいない

「俺が感謝しない人間だとでも言いたいのか」


「なんだ。自覚はあったんだね」


「そんな自覚はない、何故なら俺は感謝を伝えられる人間だからだ」


 嘘じゃない。


 俺を見守ってくれている両親には、一番感謝している。


 神宮に対しても、感謝している――俺の過去に寄り添ってくれたから。


 だからこそ、助けると決めた。


 だからこそ、強行突破を覚悟した。


 ……ただ、真壁に限っては、感謝をしたのは、今回が初めてかもしれない。


「まあ、俺から言えることは、『日常的にもっと感謝されることをしろ』だ。第一、お前は余計なことばかり――」


「ストップ! いやいや、珍しく感謝されたと驚愕していたら、今度は説教かい? 今日だけは勘弁してくれないかな……ほら、神さまについて一早く調べたいだろう? 僕も謎を目の前にして、うずうずしているんだよ」


 それは、一理ある……というか、全面的に同意だ。


 説教の続きは後日にしておこう。


「わかったよ。それじゃあ、神宮の家を目指すとするか」


「……」


 特におかしなことを言ったつもりはないが、目を細めて黙る真壁。


 なんだか気味が悪い。


「返事はどうした。お前も一早く調べたいと思っているんじゃなかったのか?」


「もちろんその通りだけれど……」


「濁すなよ。なにか思うことがあるなら、言ってくれた方が助かる。いつも以上に気味が悪いお前を見るのは、精神衛生上良くないからな」


「気遣いではなく、自分のためなんだね……全く酷い理由だね。でも、お言葉に甘えて訊かせてもらうけれど、ガールフレンドができたのかい?」


 はい?


 なにを言い出すのかと思っていたが、少しも予見していなかった質問だ。


 ただ、答えは簡単だ――ガールフレンドはいない……ああ、『答えは簡単だ』と思ってしまう自分が情けない。


 そもそも、出会いがないから、誰とも進展しようがないだけだ……そう思っているのだが……。


 いやしかし、ここで、「ガールフレンドはいない」などと即答しては、男が廃ってしまうな……。


 とりあえず根拠を訊こうじゃないか。


「その根拠は?」


「いや、さっきから気になっていたんだけれど……神宮さんのことを『神宮』って呼んでるからさ、もしかしたら付き合ってたりするのかなと」


 これまた意味不明なことを言い出したぞ。


「苗字を呼び捨てにしたくらいで?」


「確かに根拠としては薄いけれど、きみのパターンは例外じゃないか。だって、神宮さんは年上だよ? 二年生だよ? 人生の先輩を呼び捨てにするだなんて、なにか裏があるに違いないと思ったのさ」


 それは……真っ当な疑問だな。


 俺にとって神宮は、人生の先輩であり、神さまの先輩でもあるが、呼び捨てにする理由はある――ただ単純に『最初は好感を持っていなかったから』という理由だ。


 だから、間違いは明確に訂正しておくとしよう。


「残念だが……いや、残念でもないが、神宮は彼女じゃない」


 答えたのにも関わらず、訝しそうな視線がこちらに向けられた。


 いやはや、目の動き一つとっても、退屈しないというか、騒がしいやつというか、面倒なやつだ。


「嘘じゃないぞ? もし彼女なら、住所くらい本人に訊いているはずだろ」


「……うん、それもそうだね」


 完全に納得した様子ではないが、納得するまで説明を、子守唄のように言い聞かせる義務はないはずだ。


 さてと。


「神宮の家を目指すとするか」


「了解!」


 周囲の通行人などお構いなしの大声が返ってきた……迷惑なやつだ。


 だがしかし、今日ばかりは元気が必要になりそうだ――神宮の住所は聞いたことがない地名だったから、想像以上に距離があるかもしれない。


 念のために昼集合にしておいて良かった――とりあえずは、陽が高いうちに見つけ出すことが目標だな。


 なんとしても、神宮を見つけ出す――そう強く願い、メモ帳が指し示す場所へと、ゆっくり歩きだした。

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