第39話 折り合いでは駄目だったんだ

「言わせてくれ……ありがとう」


「どうして? 戸出くんのお母さんのことだって、思わず涙したけれど、私はまだ戸出くんを利用しようと考えていたんだよ?」


「……俺は、自分で成長できたと感じているんだ。もしも神宮との出会いがなかったら、神宮の打算がなかったら、きっと俺は――悲しみの中から抜け出せなかった」


 よく『嫌なことだって、なんだって、時が経てば解決する』といった言葉を聞くが、そんなことはありえない、ありえてはいけないと思った。


 折り合い。


 心の隅にしこりがあるけれど、何年も前のことだから、向き合わなくてもいいか――時が経てば解決するというのは、そういう折り合いをつけているだけだ。


 だが、問題はなに一つ解決していない。


 何事もなく、問題は心の中で居座り続ける――なにもしていないのだから、至って当たり前のことだ。


 つまるところ、時間はなにも解決してくれない――裏を返せば、解決するには、向き合うしかないということだ。


「改めて……ありがとう」


 三度目の感謝を伝えると、神宮がようやくこちらを向いてくれた。


「そういうことなら、ありがたく受け取らせてもらいます」


「受け取ってくれて、ありがとう」


「ちょっと! ありがとうが渋滞しているから! もう伝えなくても大丈夫だから! それに、私の方こそ、その言葉を言わないといけない。私が自我を失いかけた時、戸出くんに助けてもらったからね、その節はどうもありがとうございました」


 もちろん俺自身が助けたいと思ったからこそ、助けたに過ぎないが、正直、労力は凄まじかったと言える。


 缶ジュース一本は奢ってもらいたいところだ。


「いやいや、困った時はお互い様だ」


 THE社交辞令。


 本当に奢ってくれなどと言えるわけがない――そも、冗談だが。


 それはさておき、エックスの件は疑問が残った。


「一つ訊きたい――神さまにどんな罰を下されたんだ?」


 問うと、神宮は泡を食った。


「神さまって、巫女姿の?」


「そう、コスプレの」


「そっか……会ったんだね、神さまに」


「まだ一回しか会ったことがないけれど、言わせてもらうと、神さまは法螺吹き野郎だと思う」


「法螺吹き? そんな風に思わないけれど」


 譲れない、あいつは法螺吹き野郎だ。


「神宮に対して、非人道的な罰は下していないと聞いていたんだ。ところが、蓋を開けてみたら、真逆も真逆だった!」


「まあ、傍から見ればそう映ってもおかしくないか」


「どういうことだ?」


「あれは罰じゃないの。ある意味、罰みたいに苦しかったけれど、辛かったけれど、罰じゃないの」


 困惑。


「罰じゃないって……神さまは罰だって――」


「むしろ助け船を出してくれたんだよ」


「助け船? 話が飲み込めないが、神宮の言うように『助け船』だとしても、法螺吹きじゃないか」


「嘘を吐くつもりはなくて、揶揄うためにそう言ったんだと思う」


「いいねえ、神宮ちゃん!」


「わぁっ!」


 突如、どこからともなく第三者の声が聞こえてきた。


 それは――聞き覚えのある声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る