第44話 決定打を放てるのはお前だけだ

「……どちらが恵まれているとか、そういうのは関係ない。そんな曖昧な指標に照らし合わせて、我慢するなんておかしい――神宮にとって、辛く、苦しい過去なのかどうかが重要だ」


「……戸出くんの言う通りだね――私、もう一度やってみる」


「それなら、手伝いたい」


「私への恩返しなら……気持ちだけで十分だよ」


「恩返しじゃない。大切な人だから――一緒に背負いたいんだ」


 想いを伝えると、神宮の頬が朱に染まった。


「…………どういう意味?」


 どういう意味と訊かれると弱い。


 言葉の通りとしか言えない。


 嘘偽りなく、神宮は大切な人だ。


 似たような境遇にあるから、惹かれたのかもしれないし、普段の言動の一つ一つに惹かれたのかもしれない。


 今はわからない。


 ただ、胸が熱くなるんだ。


 大好きだった、大切だった俺のお母さんといる時にも、似たような胸の熱さを感じたことがある――だけれど、お母さんに抱く感情とは、一線を画すというか、明確に違う感情だ。


 大切な人だと思う根拠は、それが一番だ。


「俺も『大切な人』という曖昧なニュアンスを神宮に抱きつつも、それが具体的になにかと言われたら……今は答えられない。それは、近いうちに伝えられるように考えておくさ――だから、手伝わせてほしい」


「……うん、わかった……待ってる」


 神宮の了承を得たが、神さまは不満そうに唸っていた。


「あまりオススメできないねえ――神宮ちゃんがまた戸出くんに頼っちゃうかもしれないしねえ」


 意見せずにはいられない。


「……人は、人に、頼ってはいけないんでしょうか?」


「場合によると思うけれど……まあ、個人の問題は、個人で解決すべきだと思うねえ」


 個人の問題は、個人で解決すべき――そんなもの、誰が決めたんだ。


「少なくとも……俺は、個人の問題を神宮に助けてもらったと思っています」


「助けてもらうことはいいけれど、最終局面で『過去と向き合う』ことを決断するのは、当事者しかできないからねえ――その決断まで他人に委ねてしまったら、本当の意味で前に進んだことにはならない」


 ……悔しいが一理ある。


 きっかけや後押しは『決定打』ではなく、『決定打が揃ったに過ぎない』というだけのことだ。


 本件の『決定打』を放つのは――神宮なのだ。


「……わかりました。前回みたく無理に救い出すようなことはしません――でも、傍にはいさせてください」


「もしもの時の助太刀役として、立ち会うということであれば許可してあげるわ。ただ、闇に飲み込まれそうになった場合、一回目のように簡単に助け出せはしないから、そこは注意が必要ね」


「それってどういう――」


「多分……私の体が持たないと思うの」


 疑問が出ることを予測していたのか、すぐさま神宮が口にした。


 神宮の感覚を聞いた神さまは首肯した。


「人体の設計上、闇を具現化した状態は、とてもじゃないけれど耐え続けられない。最悪、命を落としかねないんだよねえ……だからまあ、立ち会うからには、死んでもいいという覚悟を持ちなさい」


 死んでもいいという覚悟――大切な人のためであれば、俺は命だって差し出せる。


「無論、死ぬ気でやります」


 決意を表明し、神宮の方をちらと見たが、俺が立ち会うことに対して、もう異論はないようだ――真っ直ぐな瞳が、なによりも雄弁だった。

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