第45話 サイシュウケッセン

 俺と神宮の物語は、確実に終わりを迎えようとしていた。


 思えば、突然に始まった物語だった。


 それが――終わる。


 誰がなにを言おうと――終わる。


 きっと俺たち二人は疎遠になる。


 神宮は大切な人だけれど、この決戦が終われば、接点はなくなっていくだろう。


 当たり前だ。


 同じ学校の先輩と後輩というだけなのだ。


 ある日、突然知り合っただけなのだ。


 それだけ――たったそれだけだ。


 二人は日常に戻る。


 元の生活を取り戻す。


 再び安寧を手にする。


 自然なことだ。


 ただ――あまりにも唐突だ。




 物語を締めくくる場所は――守山。


 地域住民からは、甚だ避けられる地。


 その奥底――深淵だ。


 別称は『神宮の汚部屋』。


 ここなら、人目を気にすることはない。


 ここなら、誰にも危害は加わらない。


 決着をつけるには、これ以上ない最適な空間だ。


 通常、山に生息している動物たちの気配を感じるものだが、これから始まる壮絶な戦いを予見してか、影一つ見当たらない。


 本能からくる危機回避で、ひっそりと身を潜めているのだろう。


 そんな異様な空気感に包まれた周囲をよそに、神宮は汚部屋の頂上へと慣れた足取りで登って行った。


 高いところに登りたいわけではなく、なるべく二人の距離を確保するためだ。


 神宮は、手を挙げて、こちらを見た。


「お待たせ! 心の準備は大丈夫?」


「いつでもオーケーだ。それより、神宮の心の準備の方が重要だろ」


「そうだね……うん、私も準備万端!」


「思う存分、向き合ってこい!」


「うんっ!」


 死への恐怖を感じさせない明るい返事が返ってきた。


 下手を打てば――死ぬかもしれない。


 いや、直前になって、俺が弱気になってどうする。


 もしものことなんて起こさせない。


 俺が絶対に守る。


 改めて気を引き締めた直後――静寂が破られた。


 息を潜めていた動物たちが、次々に声を上げ始めたのだ。


 案の定、神宮の瞳が虚ろになっていった。


 闇が――具現化し始めた。


「トイデ……クン……」


 意識が残っているのか、神宮は呟くように俺を呼んだ。


「大丈夫だ! 俺はここにいる!」


「ワタシハ……」


「ゆっくりでいい! 神宮のペースでいい! 抑え込んだ気持ちと向き合うんだ!」


「……オサエコンダキモチ……ワタシノ……キモチ……」


 胸に手を当て、自身の抱える闇と向き合おうとしたが、神宮の体に黒い霧のような気体が立ち込め始めた。


 闇が人体を侵食してしまう――それは、神宮に残された時間が、非常に少ないことを示唆するものだ。


 だがしかし、まだだ。


「……ドウシテ……オトウサン……オカアサン……」


 神宮の頬を黒色の液体が伝った。


 まだだ。


「……ドウシテワタシヲ……ヒトリニシタノ……」


 まだ、助けてはいけない。


 耐えろ――神宮も耐えようとしてるんだ。


「スキダッタノニ……ダイスキダッタノニ……ドウシテ……」


 千鳥足の神宮。


 もう駄目かもしれない。


 やはり二度目ともなると、神宮の体への負担が大きすぎる。


「……ヒトリニシナイデッ!」


 悲鳴にも似た叫びは、もはや神宮のものではなくなっていた。


 やつは――エックスだ。


 限界だ。


 行かなければ、神宮が壊れる。


「神宮、許せっ!」

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