第37話 俺の、俺だけの神さま
「神宮、大丈夫だから、怖がるな」
「ハァ……ハァ……」
息を潜めるように、俺の首でも狙っているかのように、呼吸が激しくなった。
「リラックスしろ」
エックスは呼応した――襲撃という形で。
「グゥアァアアウッ!」
鋭利な爪に似たなにかで、俺の胸を切り裂いてきた。
「うがぁあっ!」
男子高校生が、軽々しく吹っ飛ばされた。
空中で足掻いて、体勢を立て直そうとしたが、体はぴくりとも動いてくれなかった。
そのままコンクリートに背中を擦るように強打し、半分意識が遠のいた。
「一二三!」
すぐに真壁が肩口まで駆け寄ってきた。
「お前……一二三なんて呼んだことあったか?」
「余計なことは喋らない方がいいよ。そんなことより、大丈夫なのかい?」
「無傷ってわけにはいかないけれど、早急に手当てをしなければいけないほどでもない。だから、大丈夫」
「ひとまず良かった。クリーンヒットは回避できたようだね」
「……ああ」
反射で同調したが、クリーンヒットは回避できた――この言い方は、俺の感覚的には違う気がした。
正しくは、『クリーンヒットは免れた』だ。
俺の身のこなしが素晴らしくて回避できた――なんてことはなく、あれはあくまで『免れた』だった。
いやはや、見かけ上では神宮の面影は、さっきの暴走で消え去ってしまったと思ったが、もしかしたら深層心理に彼女の意識がまだ残っているのかもしれない。
落ち着かせるしか方法が思い付かなかったせいで、『対話』という選択を取ったが、意外にもこの選択は間違っていなかったのかもしれない。
いずれにせよ、この場で答えが出ないのであれば、現状の最優先事項である対話を強行するのみだ。
「真壁、手を貸してくれ」
立ち上がろうと手を伸ばすが、真壁は応じることなく、エックスの方を見つめ、ぽつりと呟いた。
「妙だ」
「……妙?」
俺は、痛みに耐えながら、ゆっくりと上体を起こし、エックスの方を見た。
止。
つい数秒前に殴られた俺は、その姿に言葉を失った。
そう、エックスは――完全に停止していた。
体を突き動かす電池の寿命が訪れたのか、給油タンクのガソリンが切れたのか、そこまではわからないが、エックスは絶叫も攻撃も行わなくなっていた。
いや、それどころではない――黒のイメージがある物体の周辺を、幾つもの眩い光が飛び交っていた。
眩い光といっても、光自体は小さいものだ。
だがしかし、静観している俺にも、『確かな熱』を届けてくれるほど、思わず逞しさを感じてしまうほど、希望に満ち満ちた光だった。
「……ト……イデク……ン」
抵抗するような光の束と、絞り出したような声――俺は、直感的に神宮が神に下された罰と戦っているように思えた。
今度は、微塵の躊躇もなく、神宮の元に近付き、その手を握った。
「戻ってきてくれ、神宮」
「ウゥ……」
「謝らなければいけないことがあるんだ」
「……カァアッ! ……ハァ……ハァ……」
「一人で苦しむな。そんなもの、全部、俺が背負ってやるから」
「アァアアアァッ!」
「また俺を揶揄ってくれ」
「……フゥウ」
「また笑ってくれ」
「…………」
「俺の――」
神さま――そう続けようとしたが、言い淀んだ。
光が群れを成し、膨張したからだ。
光が黒を包み込み、帰ってきたからだ。
「……うん」
微笑んだ神宮紡が、帰ってきたからだ。
彼女は――紛れもなく、普遍的な女子高生だ。
ちょっぴり性質が違っていた時期はあったけれど、紛れもなく女の子だ。
無礼な俺を受け入れ、靄のかかった過去に、本気で泣いてくれた――優しい俺の神さまだ。
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