第5話 さあ、お仕事の時間です

 テレビ、電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機、乾燥機、あらゆるガラクタを掴み、踏み台にし、慎重に登っていく。


 いやしかし、空手が黒帯ってだけで、すいすいと登れるものなのか?


 ......格闘技の力ってすげえ!


 よし、神宮をぶん殴った後は、空手でも習うとするか。


「遅かったね」


「いやいや、初めてだからね?」


「初めては緊張して、極端に早いか、極端に遅いか、だもんねえ」


「お前はなんの話をしているんだ......」


「高校生なんだからわかるでしょ?」


 どうやら、神宮には羞恥心というものが欠如、欠落しているらしい。


「そいや!」


 神宮は、男勝りなかけ声で、ガラクタの頂上にあったブラウン管を持ち上げ、そっと付近に置いた。


 汚部屋があるというのは嘘ではなかったらしい。


 ブラウン管があった場所には、人が一人侵入できるスペースがある。


「入るよー」


 俺の返事を待たず、神宮は飛び込んだ。


 結構潔癖なんだが......。


 イヤイヤ期以来の嫌悪感を抱きながらも、俺は神宮に続いて飛び込んだ――が、着地はできなかった。


「うがぁあっ!」


 ケツに激痛が走った。


 状況が飲み込めず、辺りを見回すと、腹を抱えて笑っている神宮を発見した。


「うはははっ! ホ、ホ、ホ、ホールインワン! 駄目だー、お腹痛いー」


 ホールインワン......まさか。


 急いでケツを確認すると、鉄パイプが綺麗にホールインワンしてしまっていた。


「うがぁあっ!」


 俺はケツから血を噴射させながら、鉄パイプを引っこ抜いた。


「おい、こいつで殴らせろ」


 憤慨に対して、返ってきたのは謝罪ではなく、爆笑。


「待って待って! タンマタンマ!」


「御託はいい、殴らせろ」


 さらなる激情にも、陳謝ではなく、大笑いが返ってきた。


「殴る、マジで殴るぞ? さん、にー、いちっ――」


「無理無理! やめて、言わないで! それ以上言うと......ぷすっ......笑い死んじゃうからぁっ!」


 そう言ってまた笑った。


 決めた。


 神さまであることを証明できなければ、この鉄パイプで殴ってやる。


「なんでもいいから業務に取りかかってくれ。一刻も早くこの不快な空間から逃げ出したい」


「むむ、酷い、シンプルに酷い......でもまあ、業務はやらないとね」


 神宮はこの空間の隅に向かい、ビニール紐で縛られた紙束を両腕で抱えた。


「どっこいしょ!」


 おっさんかよ......。


 おっさんの神宮は、俺の眼前に紙束をどすっと置いた。


「なんだこれ」


「嘆願書」


 嘆願書?


 これほど大量に?


 ハンバーガー十個分くらいの高さはあるぞ。


「ちょっと待ってくれ」


「待たない」


「そこは待てよ!」


「どうぞ」


「嘆願書って......これ全部?」


「そう」


 こともなげに言って、厳重に縛られた紐をすいすいと解き始めた。

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