第6話 選別開始のお知らせ
尋常じゃない手際の良さだ。
自室の隅で絡まったコンセントの群を解いてほしいくらいの職人っぷり。
だけど、これってあまり意味がないような。
「複雑に縛ってるんだな」
「だって、プライベートなものだから、誰かに見られたりしたらまずいでしょ? 容易に解けるようにはしないよ」
「ハサミ、カッターナイフ、ライター」
「......なに?」
「それらを使ったら、容易に見られるだろう」
「しまった!」
馬鹿なのか、天然なのか、馬鹿なのか......うん、馬鹿なんだろうな。
「よーし、完了。流石は私、流石は女子高生、流石は神さま」
繰り返しやっていることなんだろう、難解な縛りを一瞬にして解いてみせた。
「さあ、虱潰しに読んでいくよ」
「ちょっと待ってくれ」
「何回待たせるの! 待たせる男は、レディに嫌われるよ?」
「虱潰しって......これ全部読むのか?」
「デジャブじゃん......そうだよ、これ全部読むの」
「おいおい、日が暮れるぞ」
「日が暮れても読むの! あのね、楽な仕事なんてないの」
「退職届を提出しに来た部下に対する上司の常套句かよ」
「ツッコミ下手ね」
井筒賢太郎――勉強が得意になりたい。
香原めぐみ――不治の病を治したい。
真島雄大――足が速くなりたい。
花岡藍――大金持ちになりたい。
五十嵐英二――気になるあの子に告白されたい。
願いの種類は十人十色、千差万別。
ここに一切の情を持ち込むことなく、神さまは嘆願書にマルかバツを書き記していく。
「井筒賢太郎くんは――うん、叶えてあげる」
「こいつ、自主学習してるのか?」
「してないね」
「じゃあ、贔屓じゃないか」
「してないというか――できない、だね」
「できない?」
神宮は、学ランの内ポケットから、猫のイラストが描かれたメモ帳を取り出した。
「井筒くんの家は――絶賛家庭崩壊中」
「......家庭崩壊?」
「学校では、友達の前では、気丈に振舞っているけれど、心が病んでいるわ」
「つまり、心身の健康状態は――」
「そう、『荒んでいる』という判断になる」
井筒賢太郎は心身の健康状態が著しく悪い。
原因は、家庭崩壊。
だが、気になることがある。
「井筒は何故――勉強が得意になりたいんだ?」
「それも全て家庭崩壊に回帰するの」
「......すまん、わからん」
「井筒家は三人家族――お父さんが医者、お母さんは専業主婦、井筒くんは学生。家庭崩壊がどうして起こってしまったのか――」
「聞く限り、家庭崩壊など起こりようのない『理想の家庭』だと思うが......」
「理想の家庭は――意外と脆いんだよね。特に、井筒家はそこに誇りを持っていたから、脆弱性はワーストクラス」
「理想の家庭であることに誇りを持つことは、悪いことではないだろ」
俺の言葉に、神宮は肩を竦め、ため息を吐いた。
「全然わかってない。思想の善し悪しを話しているわけじゃないからね」
「悪かったな」
......下に見られた気がして、思わず苛立ってしまった。
「ごめんね、癖なの。......お父さんは医者であることに誇りを持っている――それ以上に、他人よりも社会的に成功していることを誇示している」
別におかしなことではない、至って自然だ。
「お母さんは一児の母であることに誇りを持っている――それ以上に、他人よりも社会的に成功している夫の妻であることを誇示している」
これも、不自然なことではない。
でも――言いたいことがようやく理解できた気がした。
「質問がある」
「どうぞ」
「お父さんは――辞職したのか?」
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